データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] キッシンジャー国務長官のジャパン・ソサエティ年次晩餐会における演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1975年6月18日
[出典] 外交青書20号,133−143頁.
[備考] 仮訳
[全文]

 米国と日本との関係は強力かつ緊密であり,希望に満ちたものである。今夜私は,この関係が米国,アジアそして世界に対して持つ重要性について述べたい。

 今夜の会合は歓迎すべき機会である。米国のインドシナ介入が悲劇的な終結をみたことにより,アジアの人々及び米国民の間で米国の外交政策の将来について疑問が提起されている。他方逆説的であるが,これらの出来事は強力でかつ目的意識に満ちた米国というものが,世界の平和と進歩のためいかに必要不可欠であるかを米国民のみならず,アジアの人々の間でも強く認識させることにもなつた。

 米国と日本が共に将来を形成していこうとするにあたり,今日の世界は,かつて日米関係が築き上げられてきた時代とは大きく異なつている。1950年代及び60年代の二極構造は消滅し,欧州と日本の再登場,共産主義諸国間の相剋,軍事技術の向上及びいわゆる第三世界の出現とその多様化傾向は新しい国際環境―多くの力の極が存在し,新旧様々なイデオロギーの相違があり,核戦争の危険をはらみ,かつ,相互依存の至上命題がもたらす新しい問題をかかえた世界―を作り出した。

 米国は,優越ではなく均衡も,対決ではなく交渉を,そして諸国の国家目標の究極的達成の基礎としての世界的相互依存関係の意識を基として新しい国際構造の形成を目指してきている。

 このジャパン・ソサエティの会員の方々がかねてより御承知のとおり,日米関係はこの構図にとつて極めて重要であり,国際社会の安定と進歩と繁栄の中枢となり,かつ,米国のアジア政策の基礎をなすものである。

 日米の相互協力及び安全保障条約は,アジアの平和について両国が共通の利益を有するとの永続的意識を反映するものである。

 日米の紐帯は,所与の条件や種々の提携関係の幾多の変化を通じ,両国にとつて,また世界の安定にとつて継続的かつ不可欠な効果を持つものであることを実証してきた。

 米国と日本は相互補完的経済を有する海洋貿易国家として,あわせて非共産工業国の総生産の52%,総貿易高の26%を占め,世界で最も活力に満ちた経済を誇り,経済超大国としての両国それぞれの政策は相互に,また世界全体に対して大きな影響力を持つている。

 ・・・・・・日米両国は,共に自由社会の政治的価値観を永続的に守り続けるとの決意を有しており,また,人類同胞の福祉についても常に変らぬ思いを共に抱いている。

 過去30年間に日本が世界の舞台における主要な要素へと発展してきた事実は,その間に日米の利益の共通する分野が拡大するとともに,両国の関係のスタイルに変化が生じることを余儀なくした。71年の米国の経済政策の調整と中国に対する新政策は,両国間に一時的ではあるがにがい誤解をもたらしたが,率直にいつて,これはわれわれ米国の戦術にもよるものであつた。われわれはこうした経験から学んだ。このような緊張した事態は過去のものであり,経済政策,中国政策等の分野でわれわれは調和のとれた政策を遂行してきている。われわれはあらゆる主要問題について緊密,頻繁,かつ率直に協議を行つている。私は日米関係が過去30年間に今ほど良かつたことはないと喜びをもつて述べたい。

 このことにかんがみても,フォード大統領が国家元首として最初に行つた旅行が昨年11月の日本訪問だつたことはまことに時宜を得た象徴的なことであつた。われわれは天皇陛下の御訪米を心待ちにしている。陛下御訪米は日米関係に一層の威厳と強さを与えるものと思う。また天皇御訪米の前に,三木総理大臣が両国の直面する外交政策及び経済上の問題につき協議するためワシントンを訪れることになつている。

 こうした一連の協議に言及するにつけても,偉大な日本の指導者,日米友好関係のチャンピオン,世界の最も偉大な政治家の1人であつた佐藤栄作氏の御逝去を悼まずにはいられない。

 私は過去5回の訪日の際にはいつも,同氏が総理の座を離れられた後も,同氏の助言を求めた。私は同氏を同僚として,また,個人的友人として知る光栄を持つた。私は同氏がなくなられたことを非常にさびしく思う。

 日米のパートナーシップの基礎

 百余年にわたる日米の交流のなかで日米関係は好奇心から競争,対決,占領,和解を経て,同盟と相互依存の関係へと信じられない程の変遷をとげてきた。われわれはこの長い間,複雑かつ多様な出来事を経験したが,これらの経験を通じてわれわれは,両国の緊密な関係が今迄よりも一層枢要なものであり,両国の国民性や置かれている状況の劇的な相違は克服すべき弱味というよりも,むしろ,心して利用すべき力となつていることを学んできた。

 米国民は種々異質な民族から成るばらばらの国民であり,常に国民相互間の共通点を再発見するべく努力をしているが,日本は世界に稀なほどの同質的な民族から成り,団結力の強い国である。米国民にとつて,社会の平和を第1次的に保障するものは契約と法律であるが,日本人は社会の調和を保つにあたつて法律的,形式的規範よりも人間関係の質ならびにコンセンサス及び義務についての暗黙のパターンに依存している。

 米国民の言語は,その論ずる対象の範疇を明かにし,論理的区別と価値判断を伴うものである。永年にわたり生活と経験を共にしてきた日本人は直感と間接話法により意思を疎通させることが多く,時には言葉を必要としない場合もある。また日本人は内容のみならず形式や気分を重んじるが,われわれ米国人は何よりも内容を重視し,格好(スタイル)に重きを置くことについてはしばしばいらだちを覚える。

 米国は広大な国土と豊富な資源を有し,豊かさを当然視している。日本は偉大な工業国であるが,その繁栄は米国に比べて最近になつてから達成したものであり,また,その産業は食糧,エネルギー及び原材料の輸入ならびに海外市場に依存しているので,米国に比べより脆弱である。

 日米両国は,日本の対米依存の時期に政治的同盟と安全保障関係を形成した。戦争が日本の経済と政治体制を破壊した後の困難な時期に,日本は指導者としての米国の地位を受け入れ,その後しばしの時の経過を経てから徐々に,自主的外交と周辺の世界における積極的な政治的かかわり合いを求めはじめたのであつた。日本が主要経済大国として,また,国際的勢力として出現してきたことは,近年,日米関係の実質的変化をもたらした。

 外交面では,米国は世界的安全保障の責任を果たしてきたが,日本は,世界の大国のなかではただひとり,強大な軍事力保有ないし自己主張の強い外交を否定し,経済,通商の発展に力を注いできた。

 異なる文化の間のコミュニケーションは常に困難なものであるが,日米両国は両国の相違を次第に敏感に受けとめ,時にはこれに魅了されるにまで至つている。両国は遠く離れた2つの大陸に位置する2つの異なる文化の間でいかに緊密,かつ,永続きする関係を樹立し得るかを見事に例証しているのである。

 沖縄返還は日米二国間の課題の中から戦争の最後の痕跡をとり除いた。しばしば両国関係の刺激要因のひとつであつた貿易収支不均衡の解消についても重要な進展がみられた。日本の懸念にこたえて,米国は重要物資の供給者及び購買者としての具体的な公約を再確認してきた。

 安全保障上の必要により形成された日米の関係は,他の今日の課題―共産主義諸国との関係改善,先進工業民主主義諸国の繁栄の向上,すべての国々の間の協力の新時代の建設等―についても成果を上げてきている。

 日米両国の当面最大の共通の関心は,いうまでもなく,アジアに向けられている。

米国とアジア

 すべての大国の安全保障上の利害関係はアジア,なかでも北東アジアで交錯している。中国は大陸の心臓部を占め,ソ連の極東部分はアジアの最上端に広がり,日本列島はアジア本土沖の海洋に2,000マイルにわたり横たわつている。米国の太平洋におけるプレゼンスは同地域全域にわたるものである。西欧はアジアと重要な経済的つながりを持ち,同地域の均衡がゆらぐ場合にはその影響を間接的に感じる立場にある。

 世界の人口と資源に占めるアジアの割合は極めて大きい。過去20年間に世界の他のどの地域よりも急速な経済成長をとげたアジア,太平洋地域は,米国の対外通商の最大,かつ最も急速な発展を示す市場となつており,アジアの原材料を入手することについての米国の利害は,アジアが米国の市場と技術について有する利害と同様に死活的に重要なものである。

 さらに,アジアと米国の紐帯は,深遠な哲学的かつ人間的側面をも持つものである。米国及び西欧世界の影響は過去100年におけるアジアの変革にとり大きな刺激となつた。ニューイングランドの先験論者の時代から近年に至るまでアジアの文化と理念は米国の知識層の生活に重要な影響を与えたが,このことは人類の抱く願望が如何に普遍的なものであるかを示すものであつた。

 以上にかんがみて,平和と進歩及び生活の向上という現代世界の課題を解決する上でアジアの役割は潜在的に決定的重要性を持つ。であるが故に,最近の出来事にもかかわらず,米国がアジアに背を向けることも,またアジアを犠牲にして欧州に関心を集中することもあり得ない。米欧関係も日米関係も世界の平和と安全にとつて等しく緊要であり,そのどちらも世界の平和と安定にとつて不可欠の重要性を持つものである。現代の世界において,アジアと欧州の地域の抱える問題及び機会は他方の地域の抱える問題及び機会と重複し,両者は不可分である。

 コミットメントを守ろうとの米国の決意は,双方に対して同様に強固なものである。

 他方,米国のアジア政策を日本にのみ限定しようとする場合には,必ずや日米関係の支柱自体を損なうことになろう。日本をアジアに結びつける諸利害は,アジアを米国及び他の西側諸国に結びつける諸利害に劣らず緊要なものである。日米両国間の政治・安全保障関係の価値は,アジアの安全の広い均衡にそれがどれだけ寄与するか否かによつて決まるものであり,これは米国にとつてのみならず日本にとつても決定的な意味をもつている。

 米国の外交政策の基本的な原則は次のようなものであり,これはアジアにおいても反映され,かつ,必要とされている。

 ―第1に平和は安定した世界的な均衡に依存しているという点である。

 効果的な外交政策は安全保障の問題を越えて発展するものでなければならないが,他方,安全保障なくして効果的な外交政策はありえない。ある国家が他国のいうがままにならないと国家としての存立を脅やかされるような世界は,従属と不安定かつ専制主義の世界である。であるが故に,米国は,力の優越性や脅迫によつてその意思をアジアに押し付けようとのいかなる国家あるいは国家集団による試みにも引続き反対する。

 われわれはインドシナの悲劇から重要な教訓を学んだ。最も重要な教訓は外部からの努力は補完的なものにすぎず,その国自体による抵抗の努力と意志を生みだすことはできないという点である。しかしこれらの教訓を適用するにあたつては,アジアの安定ひいては世界の平和を損なわないように留意しなければならない。

 われわれは,米国の条約上のコミットメントの確固たることについていかなる疑問が投げかけられることも許さない。われわれの支援を求める同盟諸国には常に支援の手を差しのべる。他方,もしわれわれの提携国のうちにコミットメントの修正を求める者があるならば,われわれはその要望に沿う用意がある。

 米国のコミットメントの遂行にあたつて,われわれは,同盟諸国が自衛力,特に人的面での兵力を維持するため第1次的責任を果たすことを期待する。また,民衆の意志と社会正義が国内の破壊活動が外的侵略に抵抗するにあたつての不可欠の支柱であることはいうまでもないが,既に米国の支援と援助を約束した所に対しては,これをさしのべる。

 具体的には,われわれは朝鮮半島の平和と安全を維持する決意である。なぜならば朝鮮半島は日本ならびにアジア全体にとつて決定的重要性を持つているからである。われわれは韓国がその経済と防衛力を強化するのを援助するであろう。しかし,われわれは緊張と対決を緩和するためのあらゆる名誉ある方法をも探究するであろう。

 われわれはANZUSのパートナーであるオーストラリアおよびニュー・ジーランドとの関係,ならびにフィリピンとの歴史的な関係に最大の価値を置いている。われわれは,アジア及び太平洋の全域を通じて条約上の義務を維持し続ける。またわれわれは,ASEAN諸国(マレイシア,インドネシア,シンガポール,フィリピン及びタイ)が同地域における自立,安定及び進歩を推進する力としてその影響力を増大させていることを歓迎する。

 米国外交政策の第2の基本原則は,平和は究極的に諸国間の和解に依存しているという点である。

 友邦も,中立国も,反対陣営も,われわれはすべて滅亡の危険をはらむ小さなこの地球に生きている。諸国間の分裂と緊張を激化するのでなく緩和することが常にわれわれの諸同盟関係の究極の目的となつてきている。われわれは上海コミュニケの精神に沿つて中華人民共和国との関係を正常化するため引き続き努力する。同様に,われわれはソ連との関係を秩序立てるとともに改善し,また軍備管理,特に戦略兵器の管理面でさらに前進するための努力を継続する。

 われわれは幻想は抱いておらず,われわれの価値観と社会制度は共産圏諸国のそれと相容れるものでないことを認識している。しかし,人類の生存自体が問題となつている熱核時代においては,緊張緩和以外にまともな選択の道はない。仮にこのような努力が失敗に帰したとしても,少なくともわが国民達は,われわれにとつて圧力と脅迫を拒む以外に選択の道はなかつたことを知るであろう。力と安全保障がなくして妥協はあり得ないが,われわれがもし妥協の精神を伴わない力は大破壊を招来し得ることを忘れるとしたら,それは向う見ずなことであろう。

 過去数カ月の間にアジアにおいて新しい政権が登場した。われわれは,これらの政権が国際協定を侮辱し,国際的に受諾されて,行動規範を厚かましくも侵犯した事実を黙認することはできない。他方,われわれは将来に対処する準備もできている。これらの政権に対するわれわれの態度は,彼等の近隣諸国に対する行動と米国に対する態度いかんに影響されるであろう。

 最後に,平和はすべての国民の願望を反映する諸国間の経済協力の体制に依存しているという点である。世界経済の諸問題―十分な食糧,エネルギー,原材料を消費者と市場に供給し,生産者には安定した所得を確保すること―は,先進国と発展途上国,消費国と生産国の利害を包摂する全世界的な諸経済措置を必要としている。われわれは,このためにまず必要なのは先進工業国間の緊密な協力関係であるとの立場を一貫してとつてきている。他方,団結と相互扶助の基礎に立つて開発途上国との間でも同情と現実主義と協力の精神の下に対話が行われることを歓迎する。

 以上の3原則は,世界およびアジアにおける米国の行動を規定する原則である。

 その中で日本の役割と日米関係は決定的に重要である。

米国と日本

 平和と安全の挑戦

 日本の世界平和への貢献はユニークなものである。日本はその卓越した工業力にもかかわらず,大国としての地位に伴う軍事的属性を持つことを放棄し,通常兵器による控え目な自衛力しか持たず,安全保障については米国の支持と諸外国の善意に頼つてきた。

 この枠組みの中で日本は繁栄してきた。日本の安全は確保され,その民主的諸制度は栄え,経済は比類なき発展を遂げた。この経済発展はこの時期の大部分を通じて日本が妥当な価格で輸入原材料,食糧を確保できたことにも一因があつた。日本は近隣諸国との建設的な経済,政治関係を発展させることができ,それによつてこの地域の安定と成長に寄与してきた。

 近年の事態は,こうした比較的単純な世界を変えてしまつた。大国間の相互関係は50年代や60年代の初めよりもはるかに複雑化した。1973年の石油危機により日本はその経済的脆弱性に直面することとなつた。今日原材料供給国は既存の世界貿易,通貨機構の枠内では容易に包摂しえないさまざまな新しい要求を提起している。

 こうした状況下にあつて,日米両国は旧来の前提を再考し,新しい創造的なアプローチを生み出す必要に迫られている。また,これらの諸問題は,その性格上,日米両国がばらばらにではなく,相協力して対応することを必要としている。日米両国は自国の安全保障を国際的な和解と,また自国の発展を国際的な協力とそれぞれ関連づけるべきである。

和解の挑戦

 日米両国は世界を勢力均衡をこえてさらに和解へと前進させる努力を行つている。米国はソ連及び中華人民共和国との関係を正常化し,改善することを試み,日本も同様の努力を行つてきた。また日本政府は,アジアにおける対決を緩和することを目指す外交―自ら「平和外交」と呼んでいる―を追求してきた。

 日本は1956年にソ連との関係を正常化し,最近では同国との経済関係を強化している。日本は数十年間にわたり中華人民共和国の貿易相手であつたが,1972年には,北京を全面的に承認し,以来,中国との二国間関係を広げてきており,われわれはこうした事態の発展を歓迎してきている。

 われわれは,従来より複雑化した大国間の相互関係に対処するにあたり,われわれの諸々の国際関係においていかにして優先度を維持するかという共通の問題に直面している。私はここで米国政府が既に多くの機会に明らかにしている立場を再び明言したい。それはすなわち,米国は同盟国と敵対国とは明確に区別するということである。「等距離外交」は神話である。われわれにとつて,日本はかりそめの話し相手ではなく,永遠の友人であり進歩する世界を築く上でのパートナーである。

 もちろん,われわれは対中国,対ソ連,あるいはアジアのすべての問題について,両国が全く同一の政策をとることを期待するものではない。しかし,両国は,互いに両立しうるアプローチを維持すべく努力すべきである。日米の二国間関係においては,通常の二国間関係においてよりも相互の関心度が高いものであることを認識し,お互いに相手の利害にかかわりあいのある国内政策及び対外政策について,協議し,通報し,さらには調和を図るという一層大きな義務を受け入れるべきである。

 われわれは,両国がこうしたアプローチについて意見を同じくするものであると信じる。かかるアプローチを実行すべく,われわれはこれまでより緊密な協議のための道をつくり,ますます頻繁,かつ,率直な協議を行つてきつつある。

 米国は,半年毎にワシントンと東京で交互に日米両国外務大臣レベルの政策検討を行い,現状を評価するとともに将来の方向づけを行うことを提案する所存である。

経済協力の挑戦

 日本と米国が過去30年間に達成した繁栄は戦後世界の偉大な成功の一つである。その結果両国が保有するに至つた経済力は,世界経済の健康ならびに世界経済が人類の願望を充足する能力について両国に特別の責任を課しているが,今日はかかる責任は厳しい挑戦に直面している。すなわち,大きな景気後退,エネルギー危機,全世界的な食糧不足,未曽有のインフレーション並びに経済問題を政治化する傾向等がそれであり,今や世界経済は重大な緊張下にある。

 われわれは経済面で3つの主要な目標を持つている。それは自分達自身の経済の安定成長を促進すること,先進工業諸国間の協力を強化すること,及び発展途上国の願望に応えることである。われわれのめざすものはすべて―国内的安寧にしろ,安全保障にしろ,団結にしろ,共産主義世界及び発展途上国との関係にしろ―経済的力と成長を要求するものである。これらの目標のうち経済が停滞したままで実現されるものはほとんどない。われわれの諸制度の安定をはかり,われわれの社会につき自信を抱くためには持続的で,インフレを伴わない経済成長の可及的すみやかな回復の利益を得ることが必要なのである。

 今日の世界経済においていかなる国も1国だけの努力で持続的成長を達成することはできない。相互依存の世界において過去30年の経験は,先進工業諸国はともに繁栄するか,あるいはともに苦しむものであることを示している。成長,エネルギー,食糧,原材料等如何なる分野における経済的目標を達成するにあたつても,また,われわれの政治的及び安全保障上の団結を支える安寧の条件を維持するにあたつても,相互の努力を調整していくことが緊要なのである。

 昨年来米国とその主要なパートナーが,景気後退と戦い,景気拡大を促進するために,各々の国家政策の調和をはかりはじめたことはわれわれを勇気づけるものである。これは昨年11月東京でのフォード大統領と日本側の話合いの中心的議題でもあつた。これらの協議は系統立つたものとして継続されるべきであり,特に,世界的経済成長を達成するに必要な条件についての共通の分析を対象とすべきである。

 われわれが戦後築き上げた経済秩序につき,言い訳がましい態度をとるべき理由はない。この秩序は,先進工業世界のみならず広く世界の他の地域に進歩をもたらした。実は,この秩序が政治的発展と経済力の分散に寄与した結果として,今や,この秩序自体に問題が投げかけられるに至つたといえるのである。しかしながら,いかなる経済関係であつても,その利益が広く享有され,公正なものとして認識されるのでなければ成果を上げることはできないということを認識することは重要である。

 世界的な経済取り決めが人類の大多数の願望を包摂するものであることは先進工業諸国自体の利益となることである。現実は,われわれを世界に広がる単一社会の構成員としており,もし世界の秩序が経済対立で破壊されるようなことがあれば,われわれは,世界社会の内戦という恐ろしい可能性に直面することとなろう。

 この問題を鋭く認識している日本政府は,OECDに対し,発展途上国の進歩をもたらすべく先進社会の進歩を追求していくにはいかにすべきかについて,先進工業民主主義諸国が長期的共同検討作業を行うべきであるとの想像力に富んだ提案を行つている。われわれは大きな重要性を持つこの問題についての,日本政府のイニシアティヴを歓迎し,支持するとともに,研究の進展に応じ日本政府と緊密に作業を行つていく。

 次に多くの重大な経済諸問題をまず日米関係の観点から,次にその世界秩序への影響の観点から簡単に論じよう。

 日米両国は貿易面に特別の関心と責任を持つている。二国間の貿易問題の大半を解決した両国は,今や,一世代にわたり世界の繁栄をもたらした世界的な貿易制度を改善すべく両国が共同して何を行い得るかに注意を向けなければならない。現在行われている多国間通商交渉は,通商への依存度が特に高い日本にとつてその結果が特別の意味を持つこともあり,いみじくも東京ラウンドと呼ばれている。この交渉に臨むわれわれの目的は関税の低減,非関税障壁の除去,安定した市場と供給先の確保,制限的通商措置の放棄等の諸点に関して合意に達することでなければならない。両国はまた,貿易の機会を改善したいとの発展途上国の要望にも特別の注意を払わなければならない。これらすべての問題につきわれわれは日本との緊密な協議に基づいて対処していくであろう。

 世界的相互依存の構造においてその中心をなすものはエネルギーである。先進工業国には,産油国の恣意的価格引上げと政治的圧力に対する脆弱性が増大するのを容認するか,消費を節約し,代替供給源を開発するか,の2つの選択しか残されていない。しかし,個個の国が1国のみで努力してもその効果が期待できないことはほとんど必至である。一方的依存を減少させるためには主要消費諸国がその力を合わせることが必要であり,であるが故に,日米両国は他の先進工業国と共にIEAを通じてエネルギー市場を変革するための共通の計画に参加しているのである。われわれは力を合わせて新たな石油禁輸に対する予防,金融面での団結維持,エネルギー保存,新しいエネルギー源の開発につき努力している。日本のエネルギーの輸入依存度が高いことは,日本が節約によつてのみではそのエネルギー面での脆弱性から脱却できないことを意味し,従つて,日本は新エネルギー源の研究開発に主要な利害を有している。

 今後10年間核エネルギーの重要性は一層増大するであろう。米国はウラン濃縮技術の開発では先駆者であり,日本はその最大の市場となつている。日本の核エネルギー利用度及び核エネルギーへの依存度が増大するにつれ,信頼しうる燃料供給者としての米国の義務も増大する。従つて米国は,適当なセーフガードを付した核燃料の供給を長期契約の下に行い続けることを約束する。米国は,国内及び外国の需要を満たすために十分な供給を確保すべく近く濃縮能力を拡大する。

 長期的には,より新奇なエネルギー源を重視していく必要がある。日米両国は,これら新エネルギー源の開発に資本と技術と最新のテクノロジーを集中し得るユニークな立場にある。われわれは日本と協力して大規模なエネルギーの研究開発努力を始める用意がある。これに日本の資本が参加することを歓迎するものであり,その代償として,日本はわれわれの在来及び合成燃料の生産増加分のうち資本参加度に相応した部分の供給を受けることになろう。

 しかしながらエネルギーは単に技術的な問題にとどまらず,われわれの発展途上国との政治関係の核心に触れる問題である。日本は,対決ではなく協力を進めるべきであると主張してきており,米国も考えを同じくする。日米両国は他のIEA加盟国とともに,エネルギー生産国との対話を再開し,相互に利益となる解決策を求める用意がある。

 日米両国とも,原材料生産国がエネルギー問題を越えた対話を望んでいることを認識している。われわれは,IEAの他の加盟国とともに,原材料生産国のこれらの関心についても話し合う用意のあることを表明している。日米及び他の原材料輸入諸国は安定的な供給に関心を有している。生産国はその発展計画のため,収入が長期的に安定することを必要としている。従つて,急激な価格変動をいかに緩和させて,新規供給の発展のために時宜に合つた投資を奨励するとともに,生産国の開発計画を現実化することを図るかを話し合うことは生産国,消費国の双方にとつて利益となる。日米両国は生産国,消費国双方の利益となる健全な商品貿易を促進することに政治的利害を有するのである。

 経済問題においては食糧ほど重大なものはない。食糧問題は,二国間の問題と世界的問題がいかに結びついているか,また,われわれの同盟国との関係と開発途上国との関係がいかに結びついているかの劇的な例である。

 日本は米国の農産物輸出の最大の市場であり,米国は日本に対する食糧の主要供給国である。世界が食糧供給国としての米国に依存していることは,米国に信頼に足る供給者たるべき義務を課している。従つて,米国は,市場が逼迫している時において日本のような旧来の顧客の需要を考慮に入れることを約束する。われわれは73年に日本その他の諸国への大豆の輸出を突如制限することを余儀なくされた不幸な経験を繰り返さぬよう努力する。

 より広範な観点に立つと,米国と日本はそれぞれ世界最大の農産物生産国ないし消費国の一員として特別の責任を負つている。両国とも発展途上国における食糧生産の拡大のために技術革新や熟練労働を応用していくべき立場にある。そして,世界の収穫が豊作と飢饉のサイクルを繰り返す状態に備えるべく,日米両国は今年末までに各国が穀物を備蓄する国際的制度を創設することを助ける努力をすべきである。

 日米共通の課題は決して以上に限られるものではない。われわれは科学技術の交流も非常に重視している。今秋すべての日米科学技術交流についての総合的な共同審査作業を完了する予定であり,これをふまえて,われわれの努力をより能率的に計画し,かつ,新しい協力分野を見出すことができよう。

 先進工業国の最先端を行く日米両国は,進歩が環境にとつて何をもたらしたかの問題を特に意識している。従つて,環境保護のため両国が締結しようとしている二国間協定は日米だけでなく工業化を進めている諸国にとつても大きな潜在的重要性を持つものとなろう。

 優秀な日米両国民の才能と共同努力は,必ずや広く国際社会にとつてユニークな貢献を成すであろう。この結びつきを強めるために,米国は日本との文化関係を増進する所存である。日米文化関係の増進にあたつてこのジャパン・ソサエティとジャパン・ソサエティを通じて日米文化会議が果たしてきた役割は決定的に重要なものである。米国行政府は,日米友好基金を設立するために現在米国議会に提出されている種々の提案を統合し,これにつき承認を得るように努める。この基金は,日米両国間の文化交流計画のために相当な額の新しい資金を提供しようというものである。

結論

 かつて,旧来の秩序が崩壊しつつあり,未だ新しい事態がいかなる形をとるかが判然としなかつた時代に生きた日本の偉大な作家,西鶴は「善悪の中に立て,すぐなる今の御代をゆたかにわたるは,人の人たるがゆえに,常の人にはあらず」と述べている(注 「日本永代蔵」冒頭部分)。

 現代に生きるわれわれにも同様のことが要求されている。われわれが「常の人にあらず」とは言えないとしても,われわれは偉大な資産を有している。すなわち,日米両国ほどに相異なつていながら,緊密な関係を有している2国はないし,また,両国ほどに現代の最良と最悪の事態を直接,かつ,広く体験してきた例も見られない。さらに,両国ほどに協議と協力の緊密かつ効果的な関係を築き上げた例もない。両国の共通の利益が両国を近づけたのであるが,両国の相互理解は,20年前には想像もできなかつた程度に両国の友情を栄えさせるに至つている。

 米国民も日本国民も,われわれが今までに達成したことに誇りを持ち,これをさらに大いなる努力への出発点とすることができる。われわれは,創造的で,公正で,生産的な国際社会を築くにあたつての最大の希望の基となる多様性と共通目的とのバランスを達成することを求めている。今までのわれわれの道程を特徴づけてきた善意と良識と高い希望と勤勉をもつて,われわれは,われわれ自身のために,そして人類のために日米両国の関係を強化し続けていこうとしているのである。