データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] クリミヤ会議の議事に関する議定書(ヤルタ会議の議事に関する議定書)

[場所] 
[年月日] 1945年2月11日
[出典] 現代国際政治の基本文書,(財)鹿島平和研究所編,原書房,12-23頁.
[備考] 
[全文]

 2月4日から11日まで行われたアメリカ合衆国,連合王国及びソビエト社会主義共和国連邦の政府の首脳のクリミア会議は,次の結論に到達した。

第1 世界機構

 次のとおり決定された。

(1) 提案された世界機構に関する連合国会議は,1945年4月25日の水曜日を期して招集され,かつ,アメリカ合衆国において開かれること。

(2) この会議に招請される国は,左のとおりとすること。

 (a) 1945年2月8日現在の連合国及び

 (b) 同盟国のうち1945年3月1日までに共同の敵に対して宣戦したもの。(右に関しては「同盟国」という語は,8同盟国及びトルコを意味する。)世界機構に関する会議が開かれる場合には,連合王国及びアメリカ合衆国の代表は,両ソビエト社会主義共和国,すなわちウクライナ共和国及び白ロシア共和国を原加盟国として承認するという提案を支持するであろう。

(3) 三大国に代って合衆国政府は,提案された世界機構に関してこの会議においてなされる決定に関し中華民国政府及びフランス臨時政府の意見を求めること。

(4) 連合国会議に参加する一切の国に対して発せられる招請状の本文は,左のとおりとすること。

  招請状

 『アメリカ合衆国政府は,自己と連合王国,ソビエト社会主義共和国連邦及び中華民国の政府並びにフランス共和国臨時政府とのために,国際平和及び安全の維持のための一般的国際機構に関する憲章を作成するため,1945年4月25日又はその後すみやかにアメリカ合衆国のサンフランシスコにおいて開かれる連合国会議に代表者を送るよう・・・・・・国政府に要請するものであります。

 前記の諸政府は,この会議がダンバートンオークス会議の結果として昨年10月に公表され,かつ,第6章Cとしての次の規定によって補足された一般的国際機構の設置に関する提案を,右のような憲章のための一つの基礎を供与しているものとして審議するよう提義するものであります。

  「C 表決

1 安全保証理事会の各理事国は,一箇の投票権を有する。

2 手続事項に関する安全保障理事会の決定は,7理事国の賛成投票によってなされなければならない。

3 他の一切の事項に関する安全保障理事会の決定は,常任理事国の賛成投票を含んだ7理事国の賛成投票によってなされなければならない。但し,第8章A及び第8章C第1項の第2文章に基づく決定の場合には,紛争当事国は,投票を差し控えなければならない。」

 準備に関する他の情報は,後に送付されます。

 ・・・・・・国政府がこの提案に関する意見又は批評を会議に先だって提出しようと欲する場合には,アメリカ合衆国政府は,喜んで右の意見及び批評を他の参加国政府に伝達します。』

  地域的信託統治

 安全保障理事会に常席を有することになる五国は,地域的信託統治の問題について連合国会議前に互に意見を求めることに意見が一致した。

 この勧告の受諾は,地域的信託統治が(a)国際連盟の現存の委任統治,(b)現在の戦争の結果として敵国から分離された地域及び(c) 自発的に信託統治の下に置かれることのある他のいずれかの地域のみに適用されること並びに(d)実際の地域に関するいかなる討議も,近く行われようとする連合国会議の際において又は準備協議においては予定されていないということ及び前記部類内のいずれの地域が信託統治の下に置かれるかは,その後の協定によって決定される事項であるということが明らかにされることを条件とするものである。

第2 解放されたヨーロッパに関する宣言

 次の宣言が可決された。

 ソビエト社会主義共和国連邦首相,連合王国大臣及びアメリカ合衆国大統領は,自国の人民及び解放されたヨーロッパの人民の共通の利益のために協議を行った。右の三名は,ヨーロッパの旧枢軸衛星国の人民が自己の差し迫った政治的及び経済的問題を民主主義的方法によって解決するのを援助するため三国政府の政策を解放されたヨーロッパの一時的な不安定期中調和させることに相互に同意したことを共同して宣言する。

 ヨーロッパにおける秩序の確立及び国民の経済生活の再建は,右の解放された人民をしてナチ主義及びファシスト主義の最後の痕跡を壊滅し,かつ,各自の選んだ民主主義的制度を創設することを得しめるような方法によって達成されなければならない。これこそは,大西洋憲章の一つの原則−−自己が服して生活しようとする政体を選ぶというすべての人民の権利,換言すれば,侵略国家によって主権及び自治を強奪された人民に右の主権及び自治を回復すること−−である。

 解放された人民が中にあって右の権利を行使することのできるような状態を促進するため,三国政府は,状況が(a)国内平和の状態を確立すること(b)窮民救助のための緊急措置を遂行するとき(c)住民中のすべての民主主義的分子を広く代表し,かつ,人民の意思に答える政府を自由な選挙によってなるべくすみやかに樹立することを誓う臨時の統治官憲を組織するとき及び(d)必要な場合において,右の選挙を行うことを容易ならしめることを要求していると三国政府が認めるヨーロッパのいずれかの解放された国又はヨーロッパのいずれかの旧枢軸衛星国の人民を共同して援助する。

 三国政府は,他の連合諸国及びヨーロッパにおける臨時権力者又は他の政府に直接の利害関係を有する事項が審議されている場合には,これらのものの意見を求める。

 ヨーロッパのいずれかの解放された国又はヨーロッパのいずれかの旧枢軸衛星国における状況が必要ならしめていると認める場合には,三国政府は,この宣言に掲げられている共同の責任を果すに必要な措置に関して直ちに協議する。

 この宣言によってわれらは,大西洋憲章の原則へのわれらの信頼,連合国宣言の中でのわれらの誓約並びにすべての人類の平和,安全,自由及び一般的福利に捧げられた法の下における世界秩序を他の平和愛好諸国と協力して建設するというわれらの決意を再確認する。

 この宣言を発するに当たって三国は,フランス共和国の臨時政府が提案された手続について三国と協同するようにという希望を表明する。

第3 ドイツの分割

 ドイツに関する降伏条項第12条(a)は次のように修正されなければならないということに意見が一致した。

「連合王国,アメリカ合衆国及びソビエト社会主義共和国連邦は,ドイツに対して最高の権力を有する。右の権力の行使に当っては,右の三国は,ドイツの完全な武装解除,非軍事化及び分割を含んで,三国が将来の平和と安全とに必要なものと認める手段を執るであろう。」

 ドイツの分割に関する手続の研究は,イーデン(議長),ワイナント及びグーゼフから成る委員会に付託された。右の団体は,フランス国代表者をそのうちに加えることが望ましいか否かを審議するであろう。

第4 フランスのための占領地帯及びドイツに関する管理理事会

 ドイツ国内の一地帯であってフランス軍隊によって占領されるものがフランスに割り当てられなければならないということに意見が一致した。右の地帯は,英国及び米国の地帯のうちから形成され,また,その広さは,フランス臨時政府と協議して英国及び米国の政府によって決定される。

 フランス臨時政府がドイツに関する連合国管理理事会の理事国となるよう要請されなければならないということに意見が一致した。

第5 賠償

 次の議定書が可決された。

  ドイツの実物賠償の問題に関するクリミア会議の際の三国政府の首脳間の会談に関する議定書

1 ドイツは,ドイツが戦争中に連合国に対して生ぜしめた損害に対して実物をもって支払わなければならない。賠償は,大部分の戦費を負担し,最も重い損害を受け,かつ,敵国に対する勝利を生ぜしめた諸国が先ず受け取らなければならない。

2 実物賠償は,次の三つの形式によってドイツから取り立てられなければならない。

 (a) ドイツ自体の領域上とドイツの領域外とにあるドイツの国民財産(設備,工作機械,船舶,鉄道車両,ドイツの海外投資,ドイツにおける工業企業,運輸企業及び他の企業の株式等)からなされるドイツの降伏後又は組織化された抵抗の終始後2年以内の撤去。この撤去は,主としてドイツの潜在戦力を壊滅するために行なわれる。

 (b) 今後定められる期間中の日々の生産からの貨物の毎年の引越し

 (c) ドイツの労力の使用

3 ドイツからの賠償の取立てに関する詳細な計画を前記の原則に基づいて作成するためモスクワに連合国賠償委員会を設置する。この委員会は,3名の代表者すなわちソビエト社会主義共和国連邦からの1名,連合王国からの1名及びアメリカ合衆国からの1名から成る。

4 賠償の総額の決定及びドイツの侵略に苦しんだ諸国の間への右の総額の分配に関してソビエト連邦及び米国の代表団は,次のとおり協定した。

  「モスクワ賠償委員会は,委員会の最初の研究の際には,第2項の(a)及び(b)による賠償の総額は200億ドルとし,また,その50パーセントはソビエト社会主義共和国連邦に帰するものとするというソビエト政府の提案を討議の基礎として取り上げなければならない。」

 英国代表団は,モスクワ賠償委員会が賠償問題を審議するまでは,賠償に関するいかなる数字も示してはならないという意見であった。

 前記のソビエト連邦とアメリカ合衆国との共同の提案は,モスクワ賠償委員会が審議しなければならない提案の一つとして同委員会に回付された。

第6 重要な戦争犯罪人

 会議は,重要な戦争犯罪人の問題を会議の終了後適当な時期に行われる報告のための三国外務大臣による調査の主題とすることに意見が一致した。

第7 ポーランド

 ポーランドに関する次の宣言が会議によって協定された。

 「赤軍によるポーランドの完全な解放の結果として同国内に一の新事態が生じた。このことは,ポーランドの西部の最近の解放前において可能であったよりも一層広範囲の基礎の上に置かれうるポーランド臨時政府を樹立することを必要としている。従って現在ポーランドにおいて任務を果しつつある臨時政府は,ポーランド自体からと在外ポーランド人のうちからとの民主主義的指導者を含めて一層広範囲の民主主義的基礎の上に改組されなければならない。この新政府は,この場合にはポーランド挙国一致臨時政府と呼ばれる。

 モロトフ,ハリマン及びサー・A・クラーク・カーは,前記の方針に従って現政府を改組する目的をもって委員会として,現在の臨時政府の閣僚並びに他のポーランド国内及び国外からのポーランド人たる指導者とまずモスクワにおいて協議する権限を与えられた。右のポーランド挙国一致臨時政府は,普通かつ無記名投票の基礎においてなるべくすみやかに自由で拘束のない選挙を行うことを制約しなければならない。右の選挙にはすべての民主主義的党派及び反ナチ党派は参加し,かつ,候補者を出す権利を有する。

 ポーランド挙国一致臨時政府が右に従って適当に組織された場合には,現在のポーランド臨時政府と現に外交関係を維持しているソビエト社会主義共和国連邦政府並びに連合王国政府及びアメリカ合衆国政府は,新ポーランド挙国一致政府と外交関係を設定し,かつ,大使を交換する。右の各政府は,この大使の報告によってポーランドにおける事態を常に通報される。

 前記3名の政府首脳は,ポーランドの東部国境は,ある地方においてはポーランドに有利にカーゾン線から5キロメートルから8キロメートル離れて同線を進まなければならないと思考する。右の首脳は,ポーランドが北部及び西部において相当の領域の附加を受けなければならないものであることを承認する。右の首脳は,右の附加の広さに関して適当の時期に新ポーランド挙国一致臨時政府の意見が求められなければならず,かつ,ポーランドの西部国境の最終的画定はその後は平和会議を待たねばならないものであると感ずるものである。」

第8 ユーゴスラビア

 チトー元帥及びスバーシッチ博士に対して次の勧告をすることに意見が一致した。

(ⅰ)チトー=スバーシッチ協定は,直ちに実施され,また,新政府は,右の協定を基礎として組織されること。

(ⅱ)新政府は,組織されたとき直ちに次のことを宣言すること。

 (1)反ファシスト国民解放会議(AUNOJ)を拡張して,最後のユーゴスラビア国会の議員であって敵との協同動作によって自己の名誉を傷つけることをしなかったものを含め,かくして臨時国会と称する機関を組織すること。

 (2)反ファシスト国民解放会議(AUNOJ)によって可決された法令は,憲法制定会議による後日の批准を要すること及びこの声明は,会議の公表文において公表されること。

第9 イタリア,ユーゴスラビア間の国境

   イタリア,オーストリア間の国境

 これらの問題に関する書簡は,英国代表団によって提出され,米国及びソビエト連邦の代表団は,それを審査し,後日自己の意見を示すことに同意した。

第10 ユーゴスラビア,ブルガリア間の関係

 ユーゴスラビア,ブルガリア間の同盟規約が望ましいものであるか否かの問題に関して外務大臣の間に意見の交換が行われた。論点たる問題は,今なお休戦統治の下にある国が他国と条約を締結することを許されることができるか否かということであった。イーデンは,ブルガリア国及びユーゴスラビア国の政府に対しては右の許可が承認され得ないということを通知しなければならないと提案した。ステティニアスは,英国及び米国の大使がモスクワにおいてさらにモロトフと右の問題に関して討議しなければならないと提案した。モロトフは,ステティニアスの提案に同意した。

第11 南東ヨーロッパ

 英国代表部は,次の問題に関して自己の同僚の審議を求めるため書簡を提出した。

(a) ブルガリアにおける管理委員会

(b) ブルガリアに対するギリシャの請求,特に賠償に関するもの

(c) ルーマニアにおける採油設備

第12 イラン

 イーデン,ステティニアス及びモロトフは,イランにおける事態に関して意見を交換した。この問題は,外交機関を通じて継続討議することに意見が一致した。

第13 三国外務大臣の会合

 会議は,三国外務大臣の間の協議のため常設の機関が設置されなければならないということに意見が一致した。三国外務大臣は,必要なたびごと,すなわちおそらくはおよそ3箇月又は4箇月ごとに会合しなければならない。

 右の会合は,三国の首都において輪番に行われ,第1回の会合は,ロンドンにおいて行われる。

第14 モントルー条約と海峡

 ロンドンにおいて開催される三国外務大臣の次回の会合の際には右の大臣は,ソビエト政府がモントルー条約に関して提出することが了解されていた提案を審議し,かつ,各自の政府に報告しなければならないということに意見が一致した。トルコ政府は,適当な時期に通知を受ける。

 前記の議定書は,1945年2月11日のクリミア会議において三国外務大臣によって承認され,かつ,署名された。

   E・R・ステティニアス・JR

   B・モロトフ

   アントニー・イーデン