データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米協会における三木武夫内閣総理大臣演説―未来への展望

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1975年8月8日
[出典] 外交青書20号,50ー55頁.
[備考] 
[全文]

 会長並びに御列席の皆様

 本夕ここで皆様にお話するよう招待を頂きましたことにつき,日米協会及び協賛の諸団体に対し,深くお礼を申し上げます。私は,今朝程当地に参る前に,フォード大統領及びキッシンジャー長官と2回にわたる極めて有益な会談を行うとともに,貴国政府その他の指導者の方々と有意義な話合いを行いました。

 これらの会談の際,私はわれわれの生存と今後の人類の繁栄にとつて直接係わり合いがある幾つかの問題につき,私の考えをお話しました。本日は,これらの点につきまして,皆様方にお話すると同時に,皆様方を通じ米国民に対し直接お話したいと思います。

 私は,皆様が御存知でないような新しいことをお話しようとは思いません。しかしながら,おそらくアジア人として,日本人として,また,米国の終生の友人という立場から,私は,世界はどこに向つているのか,また,これらの流れの中にあつてわれわれは共に協力することにより何ができるかということについて,新たな展望をお話できるのではないかと思います。

 アジアは,ヴィエトナム戦争後の世界の現実にいかに適応するかを模索している段階にあります。これは,新しい均衡を求める極めて自然な模索であります。そして,この新しい均衡とは,戦争というような対決に基づくものではなく,交渉,対話,協調に依存する平和的な共存に基づくものであります。

 換言すれば,ついにアジアも,緊張緩和のきざしが見えはじめたということであります。

 東南アジアでの戦闘の終結により,アジア諸国は,この地域の軍事的安定に代つて政治的安定を求めることが可能になりました。実際のところ可能になつたというよりも,必要となつたというべきでありましよう。また,平和がもたらされた結果,われわれは,この地域が真に必要とするもの,とりわけ体制とイデオロギーの相違を超えて,地域協力の枠組の中で新しい経済面の協力を樹立することに,われわれの関心をかたむけることが可能になりました。

 われわれが,アジアにおいて緊張緩和をうまく機能させることに成功するかどうか,そして今後は国造りと平和の確立のために全力を集中することができるかどうかに関連して重要なのは,これらの変化の過程で米国がアジアの安定と経済的繁栄に寄与し続けるかどうかの問題であります。

 アジアの諸国民はこのことをよく知つています。アジアの諸国民は,まさに,貴国が引き続きアジアに留ることを望んでおります。米国の積極的な参加があつてこそ,はじめて国造りと平和の確立という2つの目的の追求が,アジアにおいて可能となるのであります。

 日本も,また,アジア諸国の平和的な経済社会発展をはかるという,複雑かつ緊急な課題の解決のために貢献する特別の責任を有しています。わが国は,この地域における先進工業国家であり,われわれ自身の安全保障と重大な利害が,この共通の課題の成功いかんにかかつおります。

 日本の役割は,必然的に非軍事的なものとならざるを得ません。ましてや,核と関係のないものであることは言うまでもありません。私は,現在衆議院において審議を継続中である核拡散防止条約の批准のための承認ができるだけ近い時期に得られることを期待するのであります。伝統的には,世界の主要な経済大国は,同時に軍事大国でもありましたが,日本国民は,常に一貫して非軍事国家であり続けるという選択をはつきりと行つたのであります。

 従つて,日本としては,そのアジア外交においてアジア諸国民のすべてが有する正当なる願望達成のために,経済的,政治的,また,文化的な支援と協力を行つていくことに最重点を置く考えであります。そのためには,やらなければならぬことが極めてたくさんありますが,私としましては,アジアの発展途上国に対する経済援助をさらに拡大する努力を継続していく所存であります。特に,工業化,農業,農村開発,教育・職業訓練の強化をより一層促進するために必要な,無償援助,緩和された条件での借款の供与を拡大すべく努力したいと考えております。

 次に,より広く世界情勢についてお話したいと思います。ここでも,われわれが共有している目的の達成のためには,日本と米国との協力が必要不可欠であります。

 これらの目的のうち,最も大きな優先度を与えられねばならないのは,われわれ自身の民主主義社会が引き続き繁栄し,また,すべての国が自分の選択する体制を維持しながら,しかも,お互いに恐怖や脅威を感ずることなく,それぞれの最善の希望を追求できるような世界平和のための構造を造りあげることであります。

 われわれ両国が求めるべき目標で次に優先されるべきものは,すべての国が,互いの市場,産品及び原材料に対し公平なアクセスを持ち得るような世界経済体制を維持,強化することであり,また,すべての国に対し,世界全体の繁栄に貢献するとともに,それからの利益を得ることについて公平な機会を保証することであります。

 経済分野においても,政治・安全保障の分野と同様に,現代を支配する要素は,世界的な相互依存関係であります。その意味において,われわれは,すべて同じ船に乗つているわけであります。われわれは,この船の中で違うデッキにいるかもしれませんが,なお,1つの船に乗つていることにかわりはありません。海の上で必要な修理をしながら一緒に航海しなければ,われわれはともども沈没せざるを得ないのであります。

 世界的なインフレと不況が進行しエネルギー危機の影響は未だに深刻なものがあり,そして過去30年間にわたり世界経済における協力と発展をもたらした基本原則自体がその妥当性を問題にされている現状を見るとき,私は世界経済の構造は今や重大な岐路にさしかかつていると痛感するのであります。

 これらの問題提起の中には,ほとんど「船を捨てろ」との呼びかけに等しいものがあります。すなわち,自由な市場原理を捨て,協力に代えて対決をもたらし,世界を富める国対貧しい国,工業国対開発途上国,一次産品生産国対消費国といつた相対立するブロックに分割せんとする傾向がみられます。

 このような問題提起は,イデオロギーや政治上の考慮からなされているという面もありましよう。しかし,最大の理由は,世界の富の配分が均等でないこと,特に先進工業国と,発展途上国の間の所得較差の存在であると言えましよう。

 世界の人口の半数の人々が貧困にあえいでいるという事実は,すべての人間にとつて重大な関心事であります。われわれはこの問題に全力を挙げて取組む必要があります。しかしながら,人為的な富の再配分をもつてしては問題の解決にならないことに留意すべきであります。

 貧困との戦いに勝利をおさめるためには,開発途上国が,自助の精神をもつて自国民に教育と試練を与えられるようになり,また,新たな富を生み出すために必要な資本と組織と生産力を入手し,協力と協調を旨とする世界経済の有力な一員となることが必要であります。

 私は,過去30年間にわたつて,世界経済の枠組が貿易の拡大と世界経済の成長を支えてきたからこそ,開発途上国において将来に対する期待感が高まつたのであると思います。開発途上地域の発展はかかる枠組を打ちこわすことによつてではなくて,この枠組を維持強化し,改善することによつて一層促進することができるのであります。

 すべての国によつて享受される世界全体の繁栄は,経済的な協力の枠組の中においてのみ可能であります。基本的立場を共通にする米国と日本は,この目的を達成するために緊密な協調を保ちつつあります。

 さらに具体的に述べますと,両国の緊密な協力のもとに打開策が検討されている問題としてエネルギー問題がありますが,この問題ほど全世界的な経済的相互依存関係をはつきりと示したものはありません。

 エネルギー問題は,長期的側面と短期的側面の両面をもつております。長期的観点からみれば,世界の石油埋蔵量には限りがあり,もし世界が現在のペースで石油を消費し続ければ,将来石油が枯渇してしまう日が来るということは,われわれすべてが認識しているところであります。日本,米国,その他石油消費国が直面している問題は,代替エネルギー源の研究と開発の分野での緊密な協力を通じて,石油への依存を低減していくことであります。

 短期的な問題として重要なことは,経済的混乱をできるだけ避けながら,また,産油国・消費国間の無用で危険でさえある対決を回避しながら,できるだけ能率的かつ平穏に石油への過度の依存から脱却を図ることであります。

 1973年,石油危機のさ中,私は日本政府の特使として中東を訪問し,故人となられたファイサル国王をはじめ,中東諸国の首脳と長時間にわたる充実した会談を行いました。私はファイサル国王に対して,石油の輸出禁止措置は,日本ばかりでなく,特に石油を原料とする肥料について,日本からの輸入に大きく依存している開発途上国,特にアジアの途上国にも多大の打撃を与えていると説明を行いましたが,国王は問題をすぐ理解され,その後これに対する救済措置が執られました。

 このような個人的体験を述べましたのは,エネルギー問題であれ,貿易問題であれ,また国家間の政治問題であれ,交渉は対決よりもはるかに生産的であるということをこの体験がはつきりと示しているからであります。増大しつつある相互依存関係の時代にあつて,対話と協調は,国際関係全体にわたり適用することのできる有用な原則であります。こうした相互依存関係を強化していくことこそ,日米両国が相たずさえてあたるべき最大の課題と言いうるでしよう。

 外交政策の遂行にあたり,ときには,わが国が米国とは異なつた行動をとることもありましよう。また両国の利益が合致し,わが国が米国と緊密に協力して行動する面も数多くあります。しかし,いずれにしても,米国とは常に最も緊密な協議を保つつもりであり,われわれ相互の外交努力は,互いに調和のとれた相互補完的なものとなり得ると信じております。特に現在のように困難な時代にあつてこそ,貴国とわが国はお互いを必要としていると思います。

 次に,私が申し述べたいことは,日本国民は昨年秋のフォード大統領の訪日を深い喜びの念をもつて迎えたということであります。この訪日は,大統領就任式後初の公式外国訪問でもあり,また,現職の米国大統領として初めての日本訪問でありました。日本国民はこれを名誉であると思うとともに,フォード大統領のかざらない,暖かみにみちた人柄に強く印象付けられました。

 本年秋,天皇・皇后両陛下は,米国を公式に御訪問になる予定であります。日本国民は,これを日米両国民の間の友情の強い絆の証左であると考えております。

 最後に,貴国が建国以来第3の世紀の戸口に立ち,また,日米両国が相携えて20世紀最後の年に入ろうとしている現在,将来の日米両国民にいかなる遺産を引継ぐかという問いに思いを致すのも無用なことではないと思います。

 最も重要な遺産として,民主主義に基づく政治体制と自由市場原則に基づく経済体制の活力を維持していくこと,及び国際協力の促進により世界をより開放的に,より平和にすることの2点があげられると思います。

 次の世代の日米両国民を構成していく人々は,すでにわれわれの中にいるのであります。21世紀初頭の指導者達は,すでに生を受けており,彼らの夢と考え方をいかに育むかは,われわれの手中に託されております。われわれが望むより良き将来に向い,彼らの準備を整えてやるには,何をなすべきでありましようか。

 40余年前を振りかえれば,私は南カリフォルニアの若き一大学生でありました。この体験は,私の将来を形づくる上で,重要な意味をもつものであつたと思います。異なる文化の中で生活し,働き,かつ勉学すること,つまり4年間を異なる文化にひたつて過ごしたことは,それ以降の私の人生に対する考え方に大きな影響力を与えて来ました。

 私は,日本は,異なる文化の間の青少年交流の促進のために重要な役割を果たすべきであると信じております。わが国はすでに青少年交流を進めるため様々な組織や計画を持つておりますが,今後米国や近隣アジア諸国との間の交流計画を一層拡大させたいと考えております。

 われわれはさらに,広範な分野にわたる知識と経験のコミュニケーションを行うためのより強力なネットワークをつくりあげていく必要にせまられております。

 これとの関連で,私は,日米両国間においてより幅広い教育文化交流を進めるための枠組みを新たに設けるために現在米国で進められている努力を高く評価しております。

 また,日米間にとどまらず,世界の研究教育のネットワークをつくるために,きたる9月,東京に国連大学の本部が設置されます。初代の学長はニューヨーク大学のヘスター前学長であり,また,日本では朝野をあげてこの事業に協力しています。ここにも,世界平和のための日米の協力があります。

 人類は,いまや,真に平和な一体の人類となるためのながい旅路の出発点にあります。旅はながく,ゆくてには困難もありましよう。しかし,真の国際理解を築き上げることこそが,世界平和を築き上げる唯一の道であることを私は信じております。