データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 政協礼堂における鈴木善幸内閣総理大臣の日中国交正常化十周年記念講演―「豊かな交流と揺るぎない友好」―

[場所] 北京
[年月日] 1982年9月29日
[出典] 外交青書27号,413ー418頁.
[備考] 
[全文]

劉瀾濤中国人民政治協商会議全国委員会副主席閣下,並びに御在席の皆様

 まず初めに,私は,日本国政府及び日本国民を代表して,中国国民の皆様と共に,日中国交正常化の10周年をお祝いしたいと存じます。

 正に10年前の本月本日,日中両国は,長い不正常な関係に終止符を打ち,両国関係の歴史に,新たな時代の幕を開きました。この記念すべき日を貴国の首都北京で迎え,ここ由緒ある中国人民政治協商会議礼堂において,日中両国関係の未来につき,所信の一端をお話しできますことは,私にとってこの上ない喜びであります。このような栄誉ある機会を与えられた中国政府,並びに中国人民政治協商会議の方々に対して,心からの謝意を表します。

御在席の皆様

 十年前の日中両国の国交正常化は,両国民間の往来と語らいを求める熱情に大道をつけるものでありましたが,そこへ至るには,歴史の試練の中で懸命に努力されてきた日中両国関係者の多大の御労苦があったことを,想起しなければなりません。私は本日ここに,改めて,故毛沢東主席閣下をはじめ,これら先人の功績に深く敬意を表したいと思います。とりわけ,貴国民にこよなく敬愛される故周恩来総理閣下が,「小異を残して大同を求める」とのお考えに下に,日夜肝胆を砕かれたことは,広く我が国民の知るところであります。私も,当時,我が自由民主党の総務会長として,党内世論の取りまとめに微力を尽くしました。無論,私の果たした役割は周総理のそれに比すべくもありませんが,同総理の御辛苦のほどは,身に滲みて理解することができるのであります。

 いまここに,正常化に始まる今日まで10年間の両国友好協力の輝かしい歩みを振り返るとき,私は,大きな感慨を禁ずることができません。

 本日,日中国交正常化十周年という記念すべき日にあたり,我々は,改めて,あの歴史的な共同声明に盛られた精神と原則に思いを致し,これによって両国関係を一層発展させていくとの決意を新たにするものであります。

御在席の皆様

 この10年間の両国関係は,諸般の分野で目を見張るような成果を収めてまいりました。政府間では各種の実務協定が整備され,平和友好条約が締結されたほか,閣僚会議をはじめとして,不断の意志疎通を行うさまざまの場が設けられました。経済,文化,学術等の領域でも,対話が進展し,協力が促進されました。この結果,日中間の交流は一挙に高まり,例えば,この10年間に,両国間の貿易額は11億ドルから104億ドルへと10倍に増え,人の往来にいたっては,9千人から13万人へと14倍の増加を見たのであります。こうして,両国は,永続的な友好関係確立のための基盤を整え,今や新たな共通の目標に向けて飛躍すべき段階に入ろうとしております。すなわち,先般,趙紫陽総理閣下が来日の折に述べられたごとく,正に両国関係は,「地の利,人の和」に加えて,「天の時」を得たのであります。

 日中両国は,地球上に緊張と動乱がやまず,各所に悲惨や患苦が後を断っていない今日の厳しい国際情勢の下,共にアジアに位置する国家として,まずアジア地域の平和と安定に貢献すべき立場にあります。近年,東アジアは比較的平穏を保ってきましたが,これには日中両国が他の近隣諸国との関係に十分配慮しつつ,互いの関係を発展させてきたことがあずかって力があるでありましょう。我々は,今後とも,大いにこのような努力を強めてまいるべきであります。

 しかしながら,日中関係の有する意義と役割は,ただアジアにのみ止まるものではありません。世界の平和に対する脅威,国際経済の深刻な困難,南北間の利害の対立など,両国がそれぞれの立場から出発し,相協力して対処してまいるべき課題は,数多く存在しております。両国は,その良好な関係を維持,発展させ,世界の平和と安定のため,積極的な貢献を行っていかなければなりません。

 思うに,第二次大戦後の世界の歴史の中で,体制を異にする二つの国が,これほど緊密で友好の精神にあふれ,相協力して前進しようとした試しはありません。それは,恐らく,我が国と中国が,地理的,歴史的な近さと同時に,両国とも,平和なくして安定と繁栄はあり得ないという強い信念を共有しているためだと考えます。

 我が国は,戦後,過去の反省の上に立って,1946年,平和憲法を制定いたしました。この憲法は,「日本国民は,恒久の平和を念願し,・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し,われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と述べております。その後我が国は,一貫して,平和を国是し,軍事大国への道を排してきたのであります。この国是は,わが国民の心からなる合意に基づくものであり,国際情勢が厳しさを増す中にあってもいささかも変わっておりません。中国もまた,深く平和を愛する国であります。とりわけ愛国主義と国際主義の統一を外交方針の基本として,流動する最近の国際情勢に対応されている貴国の独立自主の対外路線は,私の高く評価するところであります。そして私は,日中両国がこのような方針の下に相提携していく姿の中に,今日の世界が当面するさまざまな課題を解決する一つの鍵を見るように感じられてなりません{鍵は「かぎ」とルビ}。すなわち,両国は,手を携えて新しい時代を切り開くための条件に恵まれ,また,そうした光栄ある責任を担っているのであります。

 日中友好協力が課せられたこのような大きな課題に照らしてみれば,この10年の成果はささやかなものであります。日中友好千年の大事業は今その緒についたばかりであり,我々は,創業者の意気込みをもって,いかなる試練をも克服していかねばなりません。

 近時,我が国の歴史教科書を巡り,貴国より厳しい批判が寄せられました。我が国は,日中共同声明に基づき貴国との間の友好協力関係を発展させていくことを,一貫した方針としております。この共同声明に盛られた精神と原則は,日中関係のすべての分野に適切に反映されるべきものであり,教科書の問題についても,今後,我が国の責任において,誠実に努力していく所存であります。私はこうした問題の解決を通じ,両国関係の基礎がより強固になるものと確信いたします。

御在席の皆様

 私は,4か月前,趙紫陽閣下を東京にお迎えし,そして今回は貴国を訪れて,貴国の指導者の方々とそれぞれ長時間にわたり忌憚のない意見を交換いたしました。昨日は,胡耀邦総書記閣下,●小平閣下ともお目にかかり{●は登におおざと/トウ},親しく懇談いたしました。私は,これらの会談を通じ,現在の貴国の指導者の方々が,貴国が直面する諸問題に真剣に取り組んでおられる姿に強く印象づけられました。

 とりわけ,私が感銘を受けたのは,●小平閣下はじめ指導者の方々が一丸となって推進してこられた貴国の経済分野における近代化建設にかける熱意であります{●は登におおざと/トウ}。近代化建設は,10億の人々の活力を一つの目標に向けて結集しようとする壮大な事業であり,人類史上他に類をみない試みといえましょう。その困難は想像するに余りありますが,私は,今回の訪中によって,中国国民が,この偉大な国内建設のために,生き生きと働いておられる実相を目のあたりにすることができ,この壮挙が必ず成功するとの確信を深めたのであります。

 胡耀邦閣下は,先の中国共産党第12回全国代表大会において,自力更生を基本に据え,「今世紀末までに工農業総生産額を1980年の4倍とする」という意欲的な目標を掲げ,前半の10年には,主として「基礎を固め,力を蓄え,条件を作り出す」ことを主眼とすると述べられました。私もまた,1980年,総理就任以来,私の政治的課題が「21世紀への基礎づくり」にあることを明示し、このための努力を続けてまいりました。すなわち,両国は,それぞれ,未来に備え,前進しようとしていると言うことができます。

御在席の皆様

 我が国と貴国の経済関係は,1972年の国交正常化以来,着実な発展を記録してまいりました。とりわけ我が国の経済協力は,貴国における近代化政策の推進に伴い,飛躍的に増大し,具体的な成果を生んでおります。日中協力の成果として,数年後には,合計580キロメートルに及ぶ●州・石臼所間及び北京・秦皇島間の2本の鉄道が敷設{●はなべぶたに八に兄/「えん」とルビ、石臼所は「せっきゅうしょ」とルビ、秦皇は「しんのう」とルビ},電化され,さらに石臼所港及び秦皇島港の建設も完了する予定と聞いております。これらのプロジェクトの推進は,産業基盤整備の一翼として中国経済の発展に役立つばかりでなく,日中経済関係の増進にも寄与するものであります。

 また,わが国は,諸般の分野での技術の交流や協力を積極的に進めてきておりますが,その過程を通じて,両国の技術者が往来し,単なる技術の伝播を越えた友好の実が生まれつつあることも見逃すことはできません。

 経済・技術協力面の具体例の一つは,「中日友好病院」であります。私は,一昨日,その建設現場を訪れましたが,両国の技術者が和気あいあいのうちに,作業にいそしんでいる姿は,日中友好協力を象徴する一幅の絵でありました。この病院は,竣工の暁には,わが国の近代医学面での協力が,貴国伝統の漢方医学と結合した新たなモデル病院として,貴国の民生の向上に役立つとともに,我が国の医学の前進にも大きく裨益するでありましょう{裨は「ひ」とルビ}。 

 貴国の近代化に対する我が国の協力が着実な成果をもたらしつつあることは,誠に喜ばしい限りであります。私は,今後とも我が国として,貴国の近代化への努力に対し積極的な協力を惜しむものではないことをお約束するものであります。

 さらに私は,日中両国間の経済交流が拡大しつつあることを歓迎するものであります。私は,貴国が対外開放政策を堅持する旨宣明されていることを高く,評価するとともに,対外経済関係においてとっておられる諸政策諸措置が,一貫性を保ちつつ,安定的に推移していくことを期待いたします。この関連において、貴国が近年,外国の資金,技術の導入に積極的な姿勢を示されてきたことは,日中経済関係の増進に資するものと考えます。貴国が投資環境の整備を進めていかれるならば,必ずや,この面でも明るい展望が開かれるでありましょう。

御在席の皆様

 趙総理閣下は,我が国を訪問された際,特に経済関係の面で,日中両国は,「平和友好,平等互恵,長期安定」の原則を守るべきことを提唱されました。私は,これに賛意を表するとともに,この原則が両国のあらゆる友好と交流の関係に及ぶものであることを確認したいと思います。

 日中両国民間の友好と交流について語る時,私は,数か月前の一つの出来事を思い出さずにはいられません。

 4月下旬のことであります。日本の青年から成る登山隊がミニアコンガ登頂を致しました。その下山の途次,隊員の松田宏也君は,悪天候の中で僚友にはぐれ,雪の山中をさまよいました。彷徨20日,松田君は,飢餓と疲労の果てに,瀕死の状態で山麓に倒れ伏しましたが,四川省摩西面の人民公社に働く薬草狩りのお年寄り一行に,奇蹟的に発見されたのであります。この時から,日本の一青年の人命を救援する中国の方々の活動が始まりました。地元の摩西病院の皆様。徹夜の輸送に当たられた方々。成都の四川省医科大学の皆様。献血をして下さった多くの方々。これら数え切れない中国国民の友情と無私の努力の結果,松田君の生命はついに救われたのであります{生命は「いのち」とルビ}。

 私は,今,この機会をお借りして,日本青年の人命救助に尽された多数の中国関係者の方々に,一日本人として,改めて,心からの謝意を表します。

 7月12日,帰国に際して,松田君は「私の気持は言葉では表現できない。今後は日中友好のために一身を捧げたい」と涙ながらに述べたと聞きます。

 私は,このような善意と友情の積み上げの上にこそ,両国民間の揺るぎない友情が築かれるものと信じます。

 また,私はここで,戦争という不幸な混乱の中で,中国に残された日本人子女を養育してこられた中国人養父母の方々に対し,日本国民の感謝の気持をお伝えしたいと思います。いろいろな困難を顧みず,我が子としてこの人達を養育されたこれらの方々の善意もまた,両国の友好の見事な証でありましょう{証は「あかし」とルビ}。

 国交正常化以来10年,今両国民の交流は各界各層にわたり,広範かつ多角的な広がりを見せております。この期を祝って,両国で記念切手が発売され,我が国からは文楽が,中国からは京劇が訪れるなど多くの伝統芸術が交換され,40組にも上る友好都市間で,往来が活発に行われております。

 また,この10月には,両国間の幅広い相互理解を図ることを目的とする「日中民間人会議」が発足し,第1回の会議が東京で開催されると聞いており,誠に心強く感じております。

 若者達の交流も活発となり,子々孫々にわたる友好は,既に次の世代に受け継がれつつあります。

 両国間の留学生の交換も年とともに増えております。これら留学生等の人的往来を盛んにするため,かねてから我が国において民間の発意により「日中会館」の建設計画が進められてきましたが,国交正常化10周年を機に,具体化へ向けての機運が盛り上がり,その実現に向けて熱心に検討が進められております。私は,このような企てを歓迎し,政府としても,できるだけの支援を行ってまいりたいと考えております。

御在席の皆様

 一たび堰を切った日中両国民の交流は{堰は「せき」とルビ},正に水の低きにつくが如く,勢いを増し,その前途は誠に洋々たるものがあります。しかしながら,この流れを両国間の不動の信頼関係の基盤にするためには,更に多くの歳月が必要となるでありましょう。もしこの間,我々が,ムードや掛け声だけに溺れて地道な努力を怠るならば,無限の可能性を秘めた両国の友好関係も,期待された成果を十分に挙げ得ない恐れがあるのであります。個人の間でも揺るぎない友情や信頼の関係を築くためには,幾多の試練を克服しなければなりません。まして,国家の間にあっては,これに数百倍する努力が求められるでありましょう。我々は,このような絶えざる努力の上に,世代を超えた豊かな交流によって,揺るぎない友好を打ち立てることができると考えます。

 黄河も,その上にあっては,楚々たる細流であります。それは次第に,支流を合わせ,岸辺を噛んで,激流となり,やがて,広大な流域を肥沃する大河として、大海に注ぎます。大海は雲を生み,再び雨を山間に降らせます。この豊かな流れこそ,広大な華北の平野に万物を育ませるものであります{育は「はぐく」とルビ}。

 私は,日中両国民間の友情が,この大河のように悠久な生命を持ち,揺るぎない両国関係を築くこととなるものと確信いたしております。

御在席の皆様

 私は,3年前,貴国を訪れ,北京のほか大連,上海,広州,桂林と行く先々で貴国の方々の温いおもてなしを受けましたが,異国を旅するというよりは,心の古里を行く思いがしたものであります。とりわけ,天下の名勝,桂林の山水に接し,古くからなじんだ南画の世界を目のあたりにした感動は,決して忘れることができません。

 この度の訪問においても,蘇東波や白居易の詩で名高い杭州の景を訪れる機会に恵まれており,今から心のはずむのをおぼえます。

 水光瀲●として晴れ方に好し,山色空濛として雨も亦た奇なり

{瀲は「れん」とルビ、●はさんずいに艶/「えん」とルビ、方は「まさ」とルビ、好は「よ」とルビ}

 こうした詩情の世界に遊ぶことができますならば,私ども老夫婦の何ものにも代えがたい思い出となりましょう。

劉瀾濤副主席閣下

御在席の皆様

 日中両国は,共に世界で最も古い民族国家であります。しかし,両国民の「豊かな交流と揺るぎない友好」を求める意欲は,常に最も新しいものであらねばなりません。

 昔,古代中国の湯王は,その盤の銘に{湯は「とう」とルビ},

 苟に日に新たに,日々に新たに,また日に新たなり{苟は「まこと」とルビ}

と記し,坐右の銘にしたと申します。

 日中両国民の関係も,この銘のように,日々の努力によって新鮮に保たれ,無限の可能性が求め続けられねばなりません。

 本日,国交正常化10周年を記念して,ここに両国関係の一層の発展を求め,

志を新たにすることを誓い合おうではありませんか。

 御清聴ありがとうございました。