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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 中曽根康弘内閣総理大臣の北京大学における講演

[場所] 北京
[年月日] 1984年3月24日
[出典] 外交青書28号,429ー436頁.
[備考] 
[全文]

1.尊敬する丁石孫校長先生,

  尊敬する部長先生,

  尊敬する全国人民代表大会代表の皆様,

  尊敬する政治協商会議全国委員会の皆様,

  親愛なる教師,学生の皆様,

  並びに御在席の中国の友人の皆様。

  中国政府の御招待による今回の貴国訪問に当たり,所信を申し述べることができますことは,私の大きな光栄であります。とりわけ本日は,中国指導者の方々のみならず,貴国の将来の命運を担う多数の青年・学生の皆様と,この由緒ある北京大学において一堂に会し,直接お話しする機会を得ることができました。私にとって,これに過ぎる喜びはございません。御在席の皆様の暖かい御歓迎と貴国政府並びに大学当局の御高配に深く感謝いたします。また,私は,日本政府及び国民を代表して,この場から親愛な中国国民の皆様に,心からの挨拶を送ります。

 御在席の皆様。

 この冬,日本列島は,例年にない寒波の襲来を受けました。首都東京にも度々大雪が降り,多くの都民が通勤に難渋しました。我が国自慢の新幹線もこの雪のためにしばしば立往生し,空港も何回か閉鎖のやむなきにいたりました。近年においてこの冬ぐらい日本人が春を待ちわびたことはありません。

 春の訪れを待つこうした気持ちは,日本も中国も変わりはないように思われます。

 最近私は,中国にはこんな数え歌があると聞きました。

  七つ九日 氷解け,

  八つ九日 雁が来て,

  九つ九日 寒さ去る。

  四年ぶりに北京を訪れた私には,春の使者が高らかにその笛を鳴らしているのが聞こえます。街は活気にあふれ,建設の槌音も高く,行き交う人々の服装もすっかり明るくなっています。

  も一つ九日,牛も野に出る―。(注1)

 壮大な実りの時への準備が始まった当地を訪れることが出来まして,私も心弾む思いであります。

2.さて,御在席の皆様。

  日中両国の関係は,1972年の国交正常化以来,大きな発展を遂げてまいりました。 特に78年の平和友好条約締結以後の前進ぶりは誠に目覚ましいものがあります。両国関係は,今やかつてないほど良好かつ緊密な状態にあると申して過言ではありません。これは,ひとえに,両国の先人たちの献身的な御努力,並びに今日なお心血を注がれつつある両国の多くの方々の御苦労の賜物であり,私はここに改めて,これらの皆様に敬意を表します。

 こうした友好努力の積み重ねの上に行われている両国首脳間の近年の交流を,私は,日中関係の発展にとって,限りなく重要な意義を持つものと考えます。

 まず第一に,日中両国指導者は,長期にわたる平和友好関係の確立に対して不動の意思を闡明しました。私どもは,一連の首脳会談において,日中両国は,体制の違いを乗り越え,21世紀に向けて,平和友好関係を維持発展させて行くことができるし,またそうすべきであると確認いたしました。

 また,私どもは,この日中平和友好関係の発展が,両国のみならず,アジアひいては世界の平和と繁栄にとって緊要であるとの認識を同じくいたしました。更に私どもは,両国間の過去の不幸な歴史を厳粛に想起し,今後いかなる問題も話し合いによって解決し,再び武力に訴えることはしないという,日中不再戦の誓いを再確認いたしました。私は,これらはいずれも今後の日中関係の基本理念となるべきものと信じます。

 第2に,日中両国指導者は,今後の日中関係を律する原則を確定しました。一昨年訪日された趙紫陽総理閣下は,両国間の経済関係を律する原則として,「平和友好,平等互恵,長期安定」の三つを提起されましたが,その後,鈴木善幸総理訪中の際,この3原則は,経済関係のみならず,両国間のあらゆる友好と交流の関係に及ぶべきものであることが確認されました。そして昨年,胡総書記閣下御訪日に当たり,私は,この3原則に「相互信頼」を加えることを提案いたしました。長きにわたる友好を保つには,お互いに相手の言うことを全面的に信じてもよいという確信を抱き合えることが必要だと考えるからです。

 幸いにして胡総書記閣下は,これによって両国間の原則がより強固に,より安定的なものになるとして,全面的な賛同の意を示されました。こうして,日中両国は,今後いかなる波風が立とうとも,迷うことのない羅針儀を得たのであります。

 ここで一言付け加えさせていただくならば,この4原則形成の過程は同時に、両国首脳の緊密な意思疎通と協力の過程でもありました。日中両国の良好な関係の確立に寄せる両国首脳の真剣さがここにも端的に反映されていると申せましょう。

 第3に,日中両国指導者は,相互交流によって個人的友情関係を築きました。すなわち,日中間には,君が痛みを我が痛みとして我が喜びを君が喜びとする精神が培われてきているのであります。日中各界の指導者間には,すでに多様な個人的交流と暖かい友情関係が形成されておりますが,{登におおざと/とう}小平主任閣下及び趙総理閣下は,この良き伝統を受けて,ここ数年にわたり,熱心に日本の各界指導者との間の親交を深めてこられました。また,胡総書記閣下は,先般の御訪日の際,日本首脳との間に友情を確立することはもとより,短い御滞在期間にも拘らず,我々が舌を巻くほど精力的に日本中を視察され,各地各界に友情の種子を播ことに努められました。この種子が芽を出し健やかに育つことを心待ちしております。

 私自身について若干述べさせていただくならば,過去3回の訪中により,私は既にかなりの方々と親密な関係にあり,総理就任後も日本に来られた多くの中国代表団の方々にお目にかかりました。胡総書記閣下と初めてお会いしたのも1980年春北京においてのことで,昨年の御訪日の際は,いわば旧交を温める関係にあったことを申し添えたいと思います。

 さて,以上のような近年の両国首脳交流を通じて最も重要なことは,日中両国指導者がこれまでにないほど率直に,それぞれの心の内をさらけ出して話し合うことができるようになったということであります。人間関係におけると同様,国家間においても,通りいっぺんの親しさを越えた強い信頼関係が存在しなければ、なかなか相手に対してその核心に迫る問題を提出できるものではありません。今や日中両国は,互いに相手国に対して抱いている不安感や問題意識を表明し合い、これを解くための腹蔵ない討議が可能となったのです。

 これは,もはや17年後に迫った21世紀に向けて,充実した日中関係を建設して行く上で極めて大切なことであり,両国がかかる関係に到達しえたことを,私は貴国の指導者の方々と共に,深く喜びとするものであります。

 以下に,私は,その討議の内容をも含め,我々の将来についての展望を述べたいと思います。

3.御在席の皆様。

  私は今日午前,天安門広場にある毛主席記念堂を訪れ,周恩来記念室に陳列されている故周総理の「工作日記」の一部を拝見いたしました。私は,1973年1月に,通産大臣として訪中した折,周総理にお目にかかりましたが,この日記から,当時すでに病魔に冒されていた周総理が,祖国のため,夜を日に継いで激務に打ち込まれていたことを知って,心を揺り動かすような強い感銘を禁じえませんでした。

 そして私は,1975年1月,周総理が,第4期全国人民代表大会第1回会議において,「4つの近代化」により貴国の国民経済を世界の前列に立たせることを提唱し,次のように述べられたことを想起したのであります。

 「今後20余年の時間をかければ,必ず今世紀内に,我が国を近代化した社会主義の強国に築き上げることができるであろう。我々は,引き続き努力し,成績を伸ばし,欠点を克服し,謙虚で慎み深く,おごりや焦りを戒め,勝利の波に乗って前進すべきである。」

 我が国は,周総理のこの断固として確信に満ちた発言に象徴される貴国の近代化路線を心から歓迎しました。10億の国民を有する中国の長期かつ安定的な発展は,隣国たる我が国のかねてから切望するところであり,我が国はこのためにできる限りの支援を行うことをお約束いたしました。

 以来,私の今回の貴国訪問までほぼ10年が経過しました。昨年午後から本日にかけての一連の会談及び会見を通じて,私が強く実感いたしましたのは,国内的には21世紀の到来に向けて新しい国家造りの基礎固めに邁進するという点において,また対外的には,アジア,ひいては世界の平和と繁栄に貢献することを希求するという点において,今日,日中両国が共通の課題と挑戦に直面しているということであります。

 課題は重く大きく,挑戦は厳しく苛烈であります。しかしながら,我々は何としても力を合わせてこれを達成しなければなりません。両国は,日ごとにその相互理解を深め,相互信頼を厚くし,いかなる困難にも耐えうる協力関係を構築するように努めなければならないのであります。

 御在席の皆様。

 以上のような点を踏まえつつ,私は皆様に,21世紀へ向けて我が国が進むべき道について御説明したいと存じます。

 まず,我が国の基本的立場から申し上げます。

 現在人類が直面する最大の緊急課題の一つが,平和の維持,軍縮の促進であることはいうまでもありません。殊に核戦争の防止こそ我々が最大の努力を注ぐべき問題であります。かかる観点から私は,一昨年末,国政を担当することになって最初の所信表明演説において,恒久的な世界平和の確保に貢献することを,政治目標の第一に掲げると共に,軍縮の必要性を強く主張いたしました。私が昨年秋,胡総書記閣下と最大の関心をもってお話しした中心題目の一つも核軍縮推進の問題でした。平和は我が国の国是であり,今後もそうであります。その路線はいささかも揺らいではおりません。

 先般,貴国の側から,日本において軍国主義復活の恐れはないかという問題が提起されましたが,私は,ここに日本の政治の最高責任者として,我が国が再び軍国主義の復活を許すことは絶対にないということを,いかなる躊躇もなく断言いたします。なぜなら,日本国民は誰しも,戦争の悲惨を2度と繰り返さないという固い決意をしていると同時に,平和なくして日本の存在も国民の未来もないことを,明白な事実として知っているからであります。

 次に,内外政策の問題について申し上げます。

 私は,先月の国会における施政方針演説において,外においては,国際情勢の変化に対応すると共に,内においては,21世紀へ向けての基礎づくりとして,行政改革,財政改革,教育改革を着実に推進するとの決意を述べました。今日,我が国を巡る内外情勢は厳しく,日本は大きな方向転換を迫られているからであります。

 こうした我が国の政策に関連して,中国の皆様からは,国際情勢の変動の中で日中関係の将来に変わりはないのか,また,中国の経済建設について日本は従来の路線を守れるのかとの御懸念が表明されました。

 私は,日中関係の将来に対しては,国際的にいかなる波風が立とうとも日中友好関係を重視し,これを擁護すべきだという私の信念は微動だにしていないし,日本の圧倒的大多数の国民も私のこの信念を共有している,と申し上げます。

 また,日中経済・経済協力関係の前途に関しては,我が国は,昨年の日中閣僚会議の際に安倍外務大臣から表明いたしましたとおり,中国の近代化政策への我が国の協力は,単に日中両国にとってのみならず,アジアと世界の平和と繁栄にとって重要であるという認識に立っており,したがって我が国としては,経済交流,経済協力,文化交流等あらゆる分野で,可能な限りの対中協力を進めていく,という長期にわたる基本的方針を以て臨んでおります。

 これらの言明は,中国側から問題が提起された際,私をはじめ日本各界の指導

者によって異口同音に行われたものでありますが,本日この得がたい機会をお借りして,今一度明確に中国の皆様にお伝えしておきたいと思います。

 御来席の皆様。

 我々日本国民は,中国国民が,近代化実現を目指して,希望の眉を上げ,懸命に前進しておられることを承知いたしております。さまざまな経済指標は,1980年以来,いずれも生産の増強や生活の向上を示しているとお聞きしています。しかし他方,私どもは,皆様の前途に立ちはだかる困難が容易なものでなく,そのため,皆様が試行錯誤を重ねざるを得ない実情も目にいたしており,貴国が我が国に対すると同じく,我が国の側にも貴国に対する不安感や問題意識が生じていたことは否定できません。

 その最も大きいものは,「四つの近代化」政策及びそのための対外開放政策が長期にわたって堅持されうるのか,整党や精神汚染除去といった貴国内の動きがこれらの政策に影響を及ぼすことはないのか,さらにまた,中国が日本の安全保障やアジアの平和,安定につき我々や周囲に不安を与える影響力をもつおそれはないのか,等の懸念であります。

 貴国指導者は,我が国内に存在するこのような考え方を十分承知しておられ,先般来,いろいろな機会や会合において,近代化政策の確固たる内容を説明されるとともに,対外開放政策が長期にわたる不変不動の政策であり,したがって日中間の経済交流,経済力関係を一層拡大・発展すべきことを強調されました。胡総書記閣下が,整党や精神汚染除去の意味について日本国民がわかるような言葉で説明を行われたのは,我々の記憶に新しいところです。

 このように胡総書記閣下及び趙総理閣下御自身が率直にかつ誠意をもって説明を行われた結果,我が国各界は大きな安心感を得ることができました。今後の両国経済関係の拡大に積極的な雰囲気作りを果たしたものといえます。

4.御在席の皆様。

 私は,この演説の冒頭の部分で,日中両国の平和友好関係の発展が両国のみならずアジアひいては世界の平和と安定にとって緊要であると申しました。その最大の理由は,この両国間の関係は,価値観や政治体制を異にする二つの国が,単に共存するだけでなく,互いに手を携え,緊密に協力して発展しうるという実例となっていることです。

 これは,人類が世界の平和と繁栄,人類の将来のためには何をなすべきかという大局的な観点に立って努力し,隣人としての共感を大切にするならば,今世界で生起している,宗教や価値観,体制間の相違による対立や抗争も解消に導き得ることを示しているとはいえないでしょうか。

 平和五原則の中に,相互に主権と独立を尊重し,内政に干渉せず,平和共存すべきことを訴えているのは,正にこのことであると信ずるのであります。

 こうした意味から,日中両国関係の健全な発展を図ることは,両国民にとっての人類史的責務であり,私は,世界に雨が降っても風が吹いてもこれを崩すべきではないと信じます。

 日中両国がこうした共通の認識に立脚して,今後協力・協調すべき課題は,枚挙にいとまがありません。ここでは,このたびの会談において討議された三つの重要な問題にごく簡単に触れさせていただきます。

 第1に,日中間の平和友好関係を21世紀に向けて強化,発展させるにはどうしたらよいかという問題であります。何をどう進めたらいいか,どうしたら解決できるか等については,今後十分に検討を重ねる必要がありますが,今回の日中首脳間の会談において,「日中友好21世紀委員会」の設立について最終的な合意が得られました。私は,この委員会が,日中両国の識見ある人々の建設的な提言の場となることを強く期待いたします。

 第2に,経済関係の拡大,経済技術協力の効果的な実施,文化交流,青年交流を含む各種人的交流をどうしていくべきかという問題であります。日中双方は,この問題には大きな関心を持ち,また今次首脳会談においても十分実り多い話し合いを行いました。私は,その成果は少なからぬものがあったと信じております。

 第3に,国際問題についていかに協力すべきかという問題であります。日中両国が主要な国際問題に関する各々の認識・政策について紹介し合い,可能な分野・問題について協力・協調することは,国際の平和と安定にとってますます重要な意義をもつに至っております。今回の首脳会談においてもいくつかの重要な問題について双方の立場を通報しあい,有意義な意見交換が行われました。

 両国国民各位が,これらの課題達成のため,互いに理解と協力を惜しまず汗を流し合うよう孜々として努力いたそうではありませんか。

5.最後に,特に,本日ここに御在席の青年・学生の皆様に申し上げます。

  胡耀邦総書記閣下,趙紫陽総理閣下,そして私は,中国の言い方によれば,同じ「第2梯隊(グループ)」に属しております。私どもは,両国それぞれの事業においても,また日中協力関係においても,多くの先人が積み重ねてきた業績を安定的に発展させるため懸命に努力いたしております。これを受け継ぎ,21世紀に開花させ,さらに後の世代に引き継いでいく任務は,「第3梯隊」の青年・学生諸君の双肩にかかっていると申せましょう。

 かつて,この北京大学で教鞭をとられた李大{金にりっとう/しょう}教授は,青年を讃えてこう言われました。

 「青年の文明は奮闘の文明なり。境遇と奮闘し,時代と奮闘し,経験と奮闘す。故に青年は,人生の王,人生の春,人生の華なり」(注2)と。まさに青年の奮闘こそ,21世紀を開く鍵であります。私は,両国の青年が力を合わせて奮闘するならば,いかなる問題も解決でき,いかなる理想も実現し得ると確信いたします。

 この意味において,先般訪日の際,胡総書記閣下が発表された,3,000名の日本青年を中国に招待するとの壮大な計画は,まさに,日中関係史に刻まれるものとなるでありましょう。本年秋,中国の都市で田園で,肩を抱き手を携える両国の若者達が,日中両国の発展と協力という大事業に全面的に活躍する日は遠くありません。

 時は早春。ここは迎春花(注3)咲き匂う北京であります。私は,明日この地を離れ,揚子江のほとりの武漢へと向かいます。

 「万里の長江,横ぎっておよぎ渡れば,

  目のかぎり楚天{八の下に舌でつくりは予/ひろが}る。」(注4)

 日中両国国民の奮闘と協力で,時代の激流を泳ぎ切り,明るい21世紀の青空を迎えようではありませんか。

 日中和平友好万歳!

 御静聴ありがとうございました。

(注1)中国では古くから,冬至の翌日から数えて81日で寒さが来るといわれる。これを9日ずつ区切って「19」「29」・・・「79河開」,「89雁

来」,「99消寒」と歌い,最後に「99加19,耕牛遍地走」としめくくる言い方もある由。

(注2) 李大{金にりっとう/しょう}の論文「“晨鐘”の使命」の1節。李大{金にりっとう/しょう}(1889〜1927)は1913〜16年早稲田大学に留学。帰国後ロシア革命・マルクス主義の紹介につとめ,北京大学の図書館主任となり,経済学教授を兼ねた。1921年7月の中国共産党創立に参画、毛沢東・周恩来らにも影響を与えたといわれる。孫文とともに第1次国共合作の実現に尽力,27年張作霖軍により逮捕処刑された。82年秋,北京大学構内に銅像が建てられ,83年10月,北京香山で,陵園(墓)の落成式が行われ,胡耀邦ら要人多数が出席した。なお,長男の李葆華は,中国人民銀行行長,IMF理事を務め,現在は党中央顧問委員会委員。

(注3)迎春花は黄梅の別称。北京では3月末から黄梅,蓮翹,木蓮などが一斉に咲き出す。

(注4)故毛沢東主席の詞「游泳」の一節。