データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] シカゴ日米協会主催晩餐会における演説:「日米関係の新たなる飛躍―世界への貢献を目指して」(竹下内閣総理大臣)

[場所] 
[年月日] 1988年6月22日
[出典] 竹下内閣総理大臣演説集,131ー139頁.
[備考] 
[全文]

 インガソル大使,トンブソン知事,ソーヤー市長,スティーヴンソン会長並びにご列席の皆様

 私は,演説を始める前に,トンプソン知事がりンカーン大統領と私を並べてご紹介いただいたことに大変恐縮いたしております。私は,リンカーン大統領とは政治家としての業績があまりにも違いますが,ただ,若い時から「人民の,人民による,人民のための政治」を教訓としてきたことだけを,ここでは申し上げておきます。

 それでは,演説を始めます。

 私はかねてから当地シカゴを訪問したいと思っておりました。

 それは,私の孫を含め日本の若者達が大好きなハンバーガーの本社がシカゴにあるからというだけではありません。何よりも,シカゴは米国中西部のかなめだからであります。ここでは,米国の伝統的価値観を支え,また,力強い経済的発展を遂げている中西部の鼓動が聞こえてまいります。また,シカゴは,学問の都として知られ,多くのノーベル賞受賞者も生んでいます。建築・美術・音楽等の広い分野でも世界第一級の文化を誇っています。しかも,最近,シカゴと日本は益々その結び付きを深めてきました。世界最大の商品取引所においては,日本関連の先物取引きが著しく増大し,また,世界で最も忙しい空港に日本との直行便が数多く発着いたしております。

 このようなシカゴへの私の訪問が,市民の皆様はもとより中西部の米国民の皆様と我が国民との友情の絆を強め,日米両国関係の厚みと広がりを増すことに役立つならば,これにまさる喜びはありません。

 ところで,シカゴにある二つの米大リーグ・チームは今シーズンの成績がもう一つという感じがいたします。実は,ここに同席いたしております私の家内は熱狂的な野球フアンであり,今夜も時間が許せば,コメスキー球場へ観戦に出かけたいと思っているに違いありません。これから,この二つのチームがもっとがんばって,もし,夢のワールド・シリーズがこのシカゴで実現することになれば,その時こそ私の家内は,万難を排して必ずかけつけることと思います。

 私は,昨日まで,トロント・サミットにおいて,レーガン大統領を始め,主要先進民主主義諸国の指導者と世界経済の運営を中心に極めて有意義な討議を行ってまいりました。本夕,シ力ゴ地域を代表する皆様方を前に,我が国がその増大する国際的責任を果たそうとする決意と,それが日米関係にもたらす新たな意義について,所信を申し述べる機会を得ましたことは,誠に光栄であります。関係者の皆様に厚く御礼申し上げたいと思います。

 世界の平和と繁栄のための日米協力

 これまでの四十年間を振り返る時,世界において平和の維持と,経済の発展のため最も献身的に,最も大きく貢献してきたのは米国であります。日本国民は,戦後の我が国の復興とその後の発展に対する米国の寛大な支援を今でも記憶し,深く感謝いたしております。その困難な時代から今日まで,我が国は,日米協調を外交の基軸として,自らの平和を確保し,繁栄を築いてまいりました。

 このところ,米国の将来に対する悲観的な見方をする向きも一部にあることは承知いたしておりますが,これほど現実と合わない考えはありません。近年,西欧諸国や日本が国際社会において一層大きな役割を果たす能力を持つようになっていることは事実でありますが,私は,西側のりーダーとして米国が果たしている中心的役割はいかなる国もとって代わることができないことを,改めて強調したいと思います。

 我が国にとって米国は,自由と民主主義という価値観を共有するかけがえのない同盟国であります。力強い米国は我が国の将来にとって不可欠であります。しかも,日米両国の経済力は,双方合わせると今や世界の三分の一を占めております。私は従来より常々,両国がより平和で,より繁栄した世界を目指して協力していくことは,世界全体の将来にとって極めて大きな意味を持つものであり,両国はパートナーとしての責任を分かちあっていかなくてはならないと考えてまいりました。我が国は,その責任を全うする決意であります。

 このような考えに基づき,私は,昨年十一月政権を担当するに当たって,我が国がその国力に相応しい役割を自ら積極的に担うことこそ,国益に合致し,時に世界の人々の期待に応えるゆえんであることを国民に訴えるとともに,我が内閣の最大目標として「世界に貢献する日本」の建設を掲げたのであります。

 この新たな目標の実現に向け,私は,内政・外交の全般にわたって全力を傾けることを表明し,まず,我が国の経済成長を内需主導型に定着させるため,予算編成を手始めとしてマクロ経済政策に取り組みました。これによって,本八八年度の実質GNP成長率は,内需がプラス四・七パーセント程度,外需がマイナス一・〇パーセント程度,全体としては三・八パーセント程度という高い成長を確保できる見通しであります。また,私は,我が国の市場アクセスの改善にも努めてまいりました。加えて,円高基調の持続と力強い内需の拡大等によって,日本の製品輸入は飛躍的な増大ぶりを示しております。

 以上の結果,私は,我が国の経常収支黒字は,八八年度にも引き続き減少し,対前年度比百億ドル減程度となるものと考えております。

 我が国経済のこのような方向をさらに促進するため,最近,政府は「世界と共に生きる日本」と題する新たな「経済運営五か年計画」を策定し,国際経済と調和のとれた我が国の政策運営について具体的なヴィジョンを示しました。この計画は,経済構想調整,規制緩和を通じて,より開放的な経済社会の実現をはかりつつ,内需中心の成長パターンを定着させることによって,一九九二年度末までに,経常収支黒字の対GNP比が国際的に調和のとれた水準にまで縮小すると展望しております。私はその達成のために全力を傾けてまいります。

 「国際協力構想」実現への努力

 ご列席の皆様

 私は,「世界に貢献する日本」という目標を達成するため,より具体的な政策として,ただいま申し上げた基本的な経済政策に加え,最近,次の三つの柱からなる「国際協力構想」を明らかにいたしました。

 まず第一の柱は,今月初めニューヨークの国連軍縮特別総会における演説で,私が詳細に述べたとおり,「平和のための協力の強化」であります。

 日本はこれまでどおり軍事大国の地位を求めず,国際的に軍事的役割を演じないとの立場を堅持してまいります。しかしながら,我が国は他のあらゆる方法で世界の平和に貢献すべきであるとの認識の下に,紛争の防止・解決のための国際的努力に積極的に参画していく考えであります。

 我が国は,昨年来ペルシャ湾の安全航行確保に寄与するための措置を講じ,また,本年度より初めてエジプト・イスラエルの平和維持のためシナイ半島に駐留している多国籍軍・監視団に対する資金協力を実施することにいたしております。いま着手しようとしているアフガニスタンへの要員の派遣と資金協力は,地域紛争の政治的解決を根付かせる上で,今後我が国が推進すべき平和維持活動に対する貢献のささやかな第一歩であります。我が国は,このような平和維持活動のほか,難民に対する援助,紛争終了後の復興援助にも積極的に参画してまいります。

 第二は,私が先月ロンドン訪問の際に明らかにした「国際文化交流の推進」であります。

 世界の豊かで多様な文化は,人類共通の財産であり,その価値は世界の人々が益々享受していくべきものであります。国際文化交流の活発化は,この目的に資すると共に,国際間の相互理解を育み,開かれた国際社会を構築する上で極めて重要なものと考えます。我が国は,文化交流の促進を通じて,世界の文化を一層豊かにするために努力し,また,世界的な文化遺産の保存・研究に対しても積極的に取り組む方針であります。

 我が国はこれまで,米国の文化を大規模に吸収してきましたが,これは日本人の米国理解を助けるばかりでなく,日本の政治・社会・経済の民主的発展に大きく影響を与えるという重要な効果がありました。民主主義の強靭さは,多様で異質な文化を寛容に,かつ,包容力をもって受け入れるところにあり,私は日本が,今後とも米国文化の吸収を積極的に進めるとともに,経済の発展段階や政治体制の異なる国も含め,世界の多様な文化との接触に努めてまいりたいと考えております。

 一方,幸いなことに,今日世界の各地で日本文化への関心の高まりが見られます。先日も,ジャパン・フェスティヴァル開催にあわせて,日本の伝統芸術である歌舞伎の一行が公演のため当地を訪れたばかりであります。また,世界中の教育機関で日本語を外国語として学ぶ人の数は,八年前には約十三万人に過ぎませんでしたが,現在では百万人を超えていると聞きます。更に,日本への外国人留学生も,同じ八年間に,約六千人から約二万二千人へと大幅に増えました。この数は,米国で学んでいる世界中からの留学生,約三十五万人に比べれば,まだまだ僅かなものでありますが,私は対日関心の増大に一層積極的に応えていく所存であります。来るべき二十一世紀の初頭には,日本で学ぶ外国人留学生は十万人を超え,現在フランスに在住する外国人留学生の数に近づくものと期待いたしております。

 このような文化交流の促進は,我が国を世界に対して一層開かれた社会にすると同時に,国際社会をより開かれたものとしていく過程に我が国が積極的に参加し,貢献するという大きな意義を持つものであります。このような認識に立って,シ力ゴ美術館の極東ギャラリーの増築のために,我が国としても相応の協力をしたいと考えております。

 第三の柱は,トロント・サミットにおいて表明した「政府開発援助(ODA)の拡充」であります。

 ODAは,我が国の国際的貢献の中でも特に期待されているものの一つであります。

 我が国は,他の国々と同じような厳しい財政事情にもかかわらず,ODAについては,順次中期目標を設定し,その拡大をはかってまいりました。その結果,我が国ODAは近年飛躍的に増大し,一九八七年の実績は約七十五億ドルに達しました。遅くとも明年には米国と並び,そして世界最大の規模となることが予想されております。

 日本政府は先週,このような我が国ODAを更に一層拡充するため,新たな中期目標を設定いたしました。この目標においては,我が国のODAをその経済の規模に見合った水準に引き上げることを念頭に,本年より一九九二年までの五か年間のODA総額を五百億ドル以上とすることを目指しております。この額は過去五か年間のODA実績の倍以上であり,かかる援助額の大幅な引き上げを通じて,ODAの対GNP比率の着実な改善をはかってまいりたいと考えます。

 私は,世界最大の援助国となる我が国にとって,援助の内容をこれまで以上に質の高いものとすることも,国際社会に対する我が国の重要な責務であると考えております。このため,今回の新たな目標において,改善への包括的な計画を初めて策定いたしました。今後我が国は,この計画に従って,後発開発途上国向けの債務救済措置を含め,無償資金協力の拡充に力を注いでまいります。我が国は一九七八年度以降十年間に十七の後発開発途上国に供与した約五十五億ドルの円借款について,今後の元本,利子の返済を救済することといたしました。また,我が国は,援助実施体制を強化し,国際機関や主要援助国との協調を一層促進することにも努めてまいります。私は,このような措置を実行することによって,我が国ODAの大幅な質的改善を達成できると信じております。

 新しい日米関係の積極的展開

 ご列席の皆様

 次に,私は,今後の日米関係を展望する上で,最近の積極的な展開につき,いくつか言及してみたいと存じます。

 第一に注目して頂きたいのは,日米間の安全保障面における協力体制が揺るぎないものとなっていることであります。我が国は,防衛力の整備に努め,本年度の防衛予算は五・二パーセント増と,昨年度に引き続き高い伸びを確保しました。今や我が国防衛費の水準は,西欧主要国に近いものとなっております。また,駐留米軍経費に対する我が国の負担も,着実に増加しており,つい最近も駐留米軍従業員の給与について,日本側による負担増を取り決めた協定が発効したばかりであります。更に,両国間では共同訓練,共同研究等の着実な実施に加え,技術交流も進展いたしております。このような緊密な協力は,日本の安全のためだけではなく,日米両国が極めて重要な利害を共有するアジア・太平洋地域の平和と安定にも寄与するものであると固く信ずるものであります。

 第二は,両国間の貿易上の諸問題が解決されてきている点であります。また最近,サーヴィス業という新しい分野において問題が生じ,話し合いが行われてきましたが,この分野の大きな問題の一つであった米国建設企業の日本国内の大型公共事業への参入問題が,日米双方にとって満足のいく形で解決したことはご承知のとおりであります。

 中西部と関係の深い農業の分野でも大きな進展がみられます。

 米国は世界最大の農産物輸出国でありますが,我が国は米国農産物の最大の輸入国であり,その規模は,日本に次ぐ米国農産物の輸入国であるオランダ,カナダ,韓国三か国の輸入の総額を上回っております。例えば,米国の牛肉輸出の約七八パーセントは日本向けであります。そして,日本で消費される大豆の約八三パーセントは米国から送られてきたものであることを考えると,まさに日本人はその食生活を米国中西部に大きく依存していると言えましょう。

 そうした中で,最近来,日米両国においては,牛肉・柑橘類の自由化問題に多大な関心が寄せられてまいりましたが,両国関係者の大きな努力の結果,一昨日,この困難な問題の決着をみることができました。今回の決定により,農業分野における日米貿易は更に進展するでありましょう。

 なお,ただいま申し上げた農業や,サーヴィス業は,米国がウルグアイ・ラウンド交渉において重視している分野でもあります。日本は米国とともに,世界貿易の一層の自由化と拡大を目指してウルグアイ・ラウンドを推進し,保護主義の防圧に努めるとの固い決意で対処していく所存であります。

 第三は,日米両国間の投資が活発化していることであります。これは,基本的には両国がそれぞれ相手国の将来に対していだく信頼の高さを示すものであると考えられます。日本の対米投資が,米国にとって脅威であるとの見方が米国の一部にあると聞きますが,既に対米投資は二十万人以上の雇用創出効果を上げております。また,日本や第三国へ向けて,自動車や電気製品の輸出も始まっており,これは米国の貿易収支の改善にもつながることでありましょう。私は,日本の対米投資にたずさわる日系企業が「善良なる企業市民」として,地域社会との調和を保ちつつ,米国経済に対して積極的な役割を果たしていくことを確信いたしております。

 第四に,科学技術の分野における協力があります。私は一昨日,日米間の科学技術交流を真に両面通行にするとの基本的考え方に立って,レーガン大統領との間で新しい日米科学技術協力協定に署名しました。科学技術こそ,日米両国にとって限りない協力のフロンティアを提供する分野であります。去る一月の訪米の際に私が創設した「ジャパン・ユーエス・サイエンス・フェローシップ」はかかる相互交流促進の第一歩であります。米国人研究者約百名が日本に招待されるこのフェローシップは,既に軌道にのっておりますが,最初に招待された方はシカゴにあるイリノイ大学の先生であり,既に日本で活躍しておられます。また,今夜,第二陣として近く日本にお迎えする方々にお目にかかることができて,実に心強く感じた次第であります。

 最後に,私は,日米各地域間の交流の活発化に注目したいと思います。このような地域間の交流を促進する力の源泉は,お互いが直接知り合い,理解し合いたいとの願望と熱意から湧き出るものであります。私は,地方出身の政治家として,人と人との触れ合いの重要性を十分に認識しておりますが,このような草の根レベルでの相互理解の進展は,日米間のより深い信頼と友情の醸成に更なる貢献を行うものであり,このような努力に対しては,政府としてもできる限りの支援を行いたいと存じます。

 ご列席の皆様

 今日,日米関係は,基本的に健全であります。

 今や両国は,世界の平和と繁栄のための互いの役割と責任を世界的な視点から見定め,両国関係の新たなる飛躍を実現させるべき時を迎えているのではないでしょうか。日本は,米国とともに,世界に対する一層大きな貢献を実行していく所存であります。

 夜もだいぶ更けてまいりました。ジャパン・フェスティヴァルのクライマックスとして,美しいミシガン湖上で花火が打ち上げられ,日米両国民の交歓を祝うとのことであります。有名なウィンディ・シティの風も今夜は退散し,花火には絶好の状態であることを願っております。花火が天高く舞い上がって,恵みの雨をもたらすようにと祈っておりました。ところが,実は本日,私はトンプソン知事との会談の中で,「私の故郷には,花火を上げると天が怒って雨を降らす,という話があります」と申し上げ,それが電波にのって天に聞こえたのか,ただ今外では恵みの雨が降り出したとの報告を受けました。この雨が続くことを祈ります。

 そして,シカゴ及び中西部の皆様方すべてのご健康とご活躍を心からお祈りして,私の演説を終わります。

 ありがとうございました。