データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「ソビエト対外行動の源泉」論文(ケナン“X”論文)

[場所] 1947年7月
[年月日] 
[出典] 現代国際政治の基本文書,一般財団法人鹿島平和研究所編,原書房,477-481頁
[備考] 本論文は“X”の名で『フォーリン・アフェアーズ』誌(1947年7月号)に掲載されたが、実際の著者はジョージ・ケナンである。
[全文] 

 Ⅰ(略)

 Ⅱ

   (前略)

 こう考えると、対ソビエト外交は、ナポレオンやヒトラーのような侵略者に対する外交と比べて、より簡単であると同時により難しくもある。ソビエトの外交は敵対勢力に対しナポレオンやヒトラーより敏感であり、敵が強すぎると考えた場合には外交各部門で妥協するし、力の論理とレトリックという点では合理的な動きをみせるのである。だが他方でソビエトを簡単にうち負かすことはできないし、敵対勢力(西側)が一度勝利したぐらいでは意気消沈することもない。こうしたソビエト外交の辛抱強い忍耐力には、民主的世論の一時的きまぐれによる散発的な行動ではなく、西側による賢明な長期的政策、つまり、ソビエトの政策に劣らないほど不動の目的に導かれた政策によって大規模な資源を投入し、より多彩な形で運用することで効果的に対応できるだろう。

 したがって、アメリカの対ソ政策の主たる要素は、ソビエトの膨張傾向に対する長期的で辛抱強くしかも強固で注意深い封じ込めでなければならないことは明らかである。けれどもこのような政策は、外面のわざとらしい演技、すなわち恫喝、強硬なレトリックの表明、大袈裟な身振りで外面的「強固さ」を誇示するような示威行為とは何の関係もないことを認識しておくべきだろう。クレムリンは政治的現実に対する反応という点では基本的に柔軟だが、だからといって威信が汚されることに対して無関心なわけではない。他のほとんどすべての政府と同様、(こちら側が)機転をきかせず脅迫的な態度をとれば、ソビエト政府はたとえ現実的には妥協するのが得策だとしても、非妥協的な立場をとるようになる。ソビエトの指導者たちは人間の心理を機敏に感じ取り、政治的な強さの源が、落ち着きや自制心を失うことにあるのではないことを熟知している。それは弱さの証拠であり、彼らはそれをすばやく利用する。これらの理由から、ソビエトとうまく取引する際に不可欠なのは、外国政府はいかなるときでも冷静で落ち着き、ソビエトに求めるべき政策を、ソビエトがその威信を損なうことなく受け入れられる道を残しつつ提示すべきことなのだ。

 Ⅲ(略)

 Ⅳ

 アメリカが近い将来ソビエトの体制との政治的親近感を感じられるようになると想定するのは不可能である。アメリカはソビエトのことを今後も政治領域におけるパートナーではなく、ライバルとみなす必要がある。ソビエトの政策から判断しても、彼らは平和と安定へのこだわりを持っているわけではないし、社会主義世界と資本主義世界が永久に幸福に共存しえるという可能性をまったく信じておらず、むしろライバル勢力の影響力と力のすべてを弱めて破壊するために、慎重かつ執拗に圧力をかけるつもりであるのは明らかで、この点でもわれわれはこれまでの認識を維持すべきである。

 この事実とあわせて考慮されるべきは、ソビエトが、西側世界全体と比べれば、まだひどく弱い相手であること、ソビエトの政策がきわめて柔軟であること、ソビエト社会は自らの潜在的能力を最終的に損なうような弱点を内包している可能性が高いということだ。これらのことは、妥当な自信をもって、平和で安定した世界の利益を脅かすような兆候のあるすべての地域において、揺るぎない対抗力をもってソビエトと対峙することを目的とする、堅固な封じ込め政策をとる根拠となる。

 しかし、アメリカの政策の可能性が最善を期待するだけの現状維持策に限定されるわけでは決してない。アメリカは、ソビエトの政策を左右する主な要因であるソビエトと国際共産主義運動の内部に影響を与えることもできる。そしてこの行動がソビエト、その他の地域でアメリカ政府が行い得る情報活動だけに限定されるわけではない。もちろん、そうした情報活動も重要だが、それよりもどの程度、自分たち(アメリカ人)が自らの目的が何であるかを認識し、国内問題にうまく対応し、世界の大国としての責任をうまく果たし、このイデオロギー時代にあって独自の精神的な強さを持つ国家であることを、世界の人々に印象づけられるかが大切である。われわれはそうした印象を世界の人々に与え、その印象を維持できるように務めるべきで、そうできれば、(世界の人々は)ソビエト共産主義の目的が不毛で非現実的であるとみなすようになり、モスクワの支持者たちの期待や熱狂は廃れ、クレムリンの外交政策にさらなる圧力をかけることができるだろう。それは、資本主義世界は老衰して動脈硬化をきたしているという共産主義イデオロギーの根底にあるイメージへの反証になる。

 第二次世界大戦の終戦以来、「赤の広場」に集う人々は、自己満足的な確信を持ってアメリカは程なく経済不況に陥ると予言したが、そうならなかったという事実は、すでに共産主義世界の隅々まで深く重大な影響を及ぼしているはずだ。

 一方で、アメリカが優柔不断や分裂、内部崩壊をさらけだすとすれば、それは全共産主義運動を奮い立たせることになる。こうした傾向を裏づける事象が示されるたびに、希望と興奮が共産主義世界の隅々まで伝播し、モスクワの通りは新たな躍動感で溢れかえるだろう。共産主義を支持する新たな外国の集団が、彼らが考える国際政治の時流に乗り遅れまいと、運動に参加する。こうして、ソビエトの圧力が国際問題のすべてにわたって強化されることになる。

 アメリカが単独で、共産主義運動の生死を決定するような影響力を行使でき、ソビエトの権力を早い段階で打倒できると考えるのは行き過ぎである。しかしアメリカは、ソビエトの政策にかなりの制約を課す力を持ち、クレムリンが最近数年間よりは遥かに穏健で慎重な態度をとらざるをえないような環境を作り出すことができる。そうすることで、最終的にはソビエトが権力の分裂か段階的な溶解を受け入れざるを得ないような潮流を強化できる。なぜなら神秘的で救済的な運動、特にクレムリンが率いる運動は、この事態にさまざまな形で適応していかない限り、永続的な挫折に直面することになるからだ。

 (後略)