データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 鄧小平南巡講話

[場所] 
[年月日] 1992年1月18日
[出典] 現代国際政治の基本文書,一般財団法人鹿島平和研究所編,原書房,513-523頁
[備考] 
[全文] 

   I

 1984年、わたしは広東に来たことがある。当時、農村の改革はすでに数年やっていたが、都市の改革は始まったばかりで、経済特別区では建設がようやく始まったところだった。あれから8年が過ぎた。今度来てみて、深圳、珠海の両特別区とその他のいくつかの地方がこれほど速い発展を遂げるとは思ってもいなかった。今回これを目の当たりにして自信を強めた。

 革命は生産力を解放することであるが、改革も生産力を解放することである。帝国主義、封建主義、官僚資本主義の反動支配を覆すことによって、中国人民の生産力は解放された。これが革命である。だから、革命とは生産力を解放することである。社会主義の基本制度が確立されてからも、生産力の発展を束縛する経済体制を根本的に変革し、生気と活気に満ちた社会主義経済体制を打ち立て、生産力の発展を促すことも改革である。だから、改革も生産力を解放することである。以前は社会主義の条件の下で生産力を発展させることを強調しただけで、改革を通

じて生産力を解放することを強調しなかったのは不完全であった。生産力の解放と生産力の発展は、ともに重視しなければならない。

 党の11期三中総以来の路線、方針、政策を堅持する要点は、「一つの中心、二つの制度」を堅持することにある。社会主義を堅持せず、改革・開放を行わず、経済を発展させず、人民の生活を改善しなければ袋小路に陥るだけである。基本路線は少なくとも百年堅持しなければならず、動揺してはならない。この路線を堅持してはじめて、人民はわれわれを信頼し、擁護するのである。

   (中略)

   II

 改革・開放は、懐をもっと大きくし、大胆に試みる必要がある。纒足の女みたいではいけない。これだと見定めたら大胆に実験し、大胆に突き進むことだ。深圳の重要な経験は、敢然と突き進むということである。突き進む精神や冒険の精神がなく、気迫や気力がなければ、すばらしい道も新しい道も切り開けず、新しい事業もやれない。危険を冒さず、何をやるにも百パーセントの自信があり、絶対に間違いがない−こんなことをだれが言えるだろうか。当初から独りよがりになり、百パーセント正しいと考えることなどあるはずがない。わたしは、これまでついぞ、そのように考えたことがない。毎年指導部は経験を総括し、正しいものを堅持し、正しくないものを早急に改め、新しい間題が出てきたらすぐ解決するようにしている。

 今後30年もあれば、われわれは各方面で一連のより成熟した、もっと形の整った制度をつくり上げることができるだろう。この制度の下でつくられる方針、政策も、いっそう形の整ったものとなるだろう。いま中国式の社会主義社会を建設しているが、経験は日一日と豊かになっている。経験はたくさんあり、各省の新聞・雑誌や資料を見ると、それぞれの特色を持っていることがわかる。これはいいことだ。つまり創意性が必要なのだ。

 改革・開放で大きく足を踏み出せず突き進む勇気がないのは、とどのつまり資本主義のものが増え、資本主義の道を歩んでいるのではないのか、と恐れているからだ。その理由は、資本主義のものか、それとも社会主義のものかという区別ができないことだ。これを判断する時、主として社会主義社会の生産力の発展に有利かどうか、社会主義国の総合国力の増強に有利かどうか、人民の生活水準の向上に有利かどうかをその基準とすべきである。

   (中略)

 計画が多いか、それとも市場が多いかどうかでは、社会主義と資本主義の本質的な区別にはならない。計画経済イコール社会主義ではなく、資本主義にも計画はある。市場経済イコール資本主義ではなく、社会主義にも市場がある。計画と市場はどちらも経済手段である。社会主義の本質は生産力を解放し、発展させ、搾取と両極分解をなくし、最終的にはともに豊かになることである。

   (中略)

 社会主義の道を歩むのは、ともに豊かになることを逐次実現するためである。ともに豊かになる構想は次のようなものである。つまり、条件を備えている一部の地区が先に発展し、他の一部の地区の発展がやや遅く、先に発展した地区があとから発展する地区の発展を助けて、最後にはともに豊かになるということである。もし富めるものがますます富み、貧しいものがますす貧しくなれば、両極分解が生じるだろう。社会主義制度は両極分解を避けるべきであり、またそれが可能である。解決方法の一つは、先に豊かになった地区が利潤と税金を多く納めて貧困地区の発展を支持することである。

   (中略)

われわれの政策は、様子を見ることを許している。それは、強制よりもはるかによい。われわれは三中総以来の路線、方針、政策を推し進めるに際して、強制はせず、運動もやらない。みんなは政策に参加したければ参加する。このようにして、だんだん多くの人民がついてきた。論争をしないというのはわたしの発明だ。論争をしないのは、計画を遂行する時間を少しでも多く得るためである。論争を始めるとややこしくなり、時間をとられ何もできなくなる。論争をしないで大胆に政策を試み、大胆に突き進む。農村の改革はこのようにやったのであり、都市の改革もこのようにやるべきである。

   (中略)

   III

  時機をつかみ、自らを発展させるためには、まず経済を発展させることである。現在、周辺の一部の国と地域の経済発展はわが国よりも速い。もしわれわれが発展せず、あるいは発展があまりにも遅いなら、大衆がちょっと他国と比較してみただけですぐ問題が出てくる。だから、発展できるのなら阻んではならず、条件の備わっているところはできるだけ速く発展させるようにしなければならない。効果と品質を重視し、外向型経済をやりさえすれば何も心配することはない。低速度は停止に等しく、ひいては後退にも等しい。機会をうまくつかまなければならない。いまこそ好機である。わたしは、機会を失うことを心配している。

つかまないと、せっかく見えてきた機会もすぐ逃げてしまう。時間はあっという間に過ぎてしまう。

   (中略)

 経済的調和のとれた安定発展に留意しなければならないが、安定と調和も相対的なもので、絶対的なものではない。発展こそ根本的道理なのである。この問題をはっきりさせなければならない。分析が的を射ず誤解が生まれたら、小心翼翼となり、思想を解放する勇気もなければ、思う存分行動する勇気もなくなる。その結果、タイミングを逃がすことになる。これは、流れに逆らって舟をこぐようなもので、進まなければ流されることになる。

 国際的経験からみると、一部の国はその発展の過程で、高速成長の時期、あるいは若干の高速発展の段階があった。日本、南朝鮮、東南アジアの一部の国と地域がそうである。いま、わが国では国内条件が整っており、国際環境も有利であり、そのうえ、力を集中して大きな事業をやれるという社会主義制度の強みを生かすならば、今後の現代化建設の長い過程で、発展の速度がわりに速く、わりによい効果をあげる段階をいくつか出現させるのは必要なことであり、また実現できることでもある。われわれは、このような雄大な志をもつべきだ。

 経済発展を速めるには、科学技術と教育に頼らなければならない。わたしは、科学技術が第一の生産力だと言っている。

   (中略)

 知識人は労働者階級の一部であるとわたしは語ったことがある。年配の科学者、壮年の科学者は非常に重要であるが、若い科学者も非常に重要である。外国へ行って研究している人がみな帰ってくることを希望する。彼らの以前の政治的想度がどうであったかを問わず、みな帰国できる。帰国後は適切な処遇を与える。この政策は変えてはならない。

   (中略)

   IV

   (略)

 改革・開放の全過程を通じて、腐敗に反対しなければならない。幹部と共産党員は、大事なこととして廉潔政治の建設をつかむ必要がある。やはり法制に頼らなければならず、法制でやるのが頼りになる。要するに、われわれは生産力を発展させ、一定の経済成長速度を保ち、あくまで両手でつかむならば、社会主義精神文明の建設を確実に進めていけるのである。

改革・開放の全過程では、終始四つの基本原則の堅持に留意しなければならない。12期六中総で、わたしは、ブルジョア的自由化反対はなお20年やらなければならないと提起したが、これは20年にとどまらない。ブルジョア的自由化が氾濫すると、極めて重大な結果をもたらす。特別区の建設は、十数年かけてやっといまのような姿になったが、崩れるとすれば一夜のうちに崩れてしまう。崩すのは容易だが、建設するのは難しい。兆しが現れた時に注意しないと、たいへんなことになる。

 プロレタリアート独裁に頼って社会主義制度を守ることは、マルクス主義の基本的観点である。マルクスは、階級闘争の学説は自分の発明ではなく、

自分がほんとうに発明したのはプロレタリアート独裁に関する理論である、と述べたことがある。歴史的経験が立証しているように、政権を握ったばかりの新興階級は、一般的にいって、とかく敵対階級の力よりも弱い。そのため、独裁の手段で政権を強固にする必要がある。人民に対しては民主を実行するが、敵に対しては独裁を実行する、これが人民民主主義独裁である。人民民主主義独裁の力を運用して人民の政権を強固にすることは正義であり、道理のうえで負けることはない。われわれは社会主義をやり始めてからまだ数十年しかたっておらず、まだ初級段階にある。社会主義制度を強固にし発展させるには、なお非常に長い歴史的段階が必要であり、数世代、十数世代ないしは数十世代の人々がたゆまず奮闘努力しなければならず、決して気を緩めてはならない。

   V

 正しい政治路線は、正しい組織路線によって保証される。中国は社会主義制度を確実に成し遂げられるかどうか、社会主義と改革・開放を堅持できるかどうか、経済をもう少し速く発展させられるかどうか、長期にわたって国の安定を保てるかどうかは、ある意味から言ってそのカギは人にある。

 帝国主義者は中国における資本主義への平和的転化を推し進め、この面では、われわれ以後の数世代の人に希望を託している。江沢民同志らの世代は第三世代だといえる。さらに第四世代、第五世代がいる。われわれのような古い世代のものがいると、存在の重みがあるので、敵対勢力は変えられないことを知っている。しかし、われわれのような老人が死んだあと、だれが保証するのだろうか。だから、われわれの軍隊をしっかり教育し、われわれの独裁機構をしっかり教育し、共產党員をしっかり教育し、人民と青年をしっかり教育しなければならない。中国に問題が起こるとすれば、やはり共産党内部に起こるだろう。この問題に対し、冷静でなければならず、人の養成に意を用いなければならない。「革命化、若年化、知識化、専門化」の基準に照らして、徳性と才能を兼ね備えた人を指導グループに抜てきしなければならない。われわれは党の基本路線を百年堅持し、長期にわたって安定を保ち続けるにはこれに頼らなければならない。真に大局にかかわるとはこのことである。

 これは目前の問題だが、順調に解決されたわけではない。確実に解決することを希望する。「文化大革命」が終わり、わたしは出てきてからこの問題に留意してきた。われわれのような古い世代に頼っては、長期にわたって安定を保つ問題を解決できないことに気づいた。そこで、われわれは別の人を推薦し、真に第三世代の人を探そうとした。しかし、問題を解決できず、二人とも失敗した。しかも二人とも経済面に問題があったのではなく、ブルジョア的自由化反対の問題でつまずいたのである。これでは譲るわけにはいかない。わたしは1989年5月末にこう言ったことがある。いまこそ、改革・開放路線を堅持し、行政面で成果をあげ

たと人民から公認される人を選び、大胆に新しい指導機構の中に入れる。それによって、われわれが誠心誠意改革・開放をしていることを人民に感じさせなければならない。人民は実践を見る。人民が見て、やはり社会主義がいい、改革・開放がいいと思うならば、われわれの事業は永遠に栄えるだろうと。

   (中略)

   VI

 世界でマルクス主義に賛成する人が増えるものとわたしは確信している。それはマルクス主義が科学であるからだ。マルクス主義は史的唯物論を運用して、人類社会の発展の法則を明らかにしたものだ。封建社会が奴隷社会にとって代わり、資本主義が封建主義にとって代わったように、社会主義は長い発展の過程をたどったあとも、必然的に資本主義にとって代わるであろう。

これは社会の歴史的発展における逆転できない全般的趨勢であるが、道は曲折している。資本主義が封建主義にとって代わる数百年間に、王朝の復辟がいくたび起きたことか。だから、ある意味では、ある種の復辟が一時的に現れるのは完全に避けがたい法則的現象である。一部の国に重大な曲折が現れ、社会主義が弱体化したように見えても、人民は試練に耐え、その中から教訓を汲み取り、社会主義がいっそう健全な方向に発展するよう促すだろう。だから、慌てふためく必要はない。マルクス主義が消滅したとか、役に立たなくなったとか、失敗したと考えてはならない。そんなことはあるはずがない。

   (後略)