データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ウィーン会議議定書

[場所] 
[年月日] 1815年6月9日
[出典] 現代国際関係の基本文書(上),一般財団法人鹿島平和研究所編,日本評論社,656-659頁
[備考] 署名:1815年6月9日
[全文] 

第1条〔ワルシャワ公国の併合〕ワルシャワ公国は、次条以下に別段の規定がある州と地区を除くほか、ロシア帝国に統合される。ワルシャワ公国は、ロシア帝国皇帝、その相続者および継承者に永久に所有されるよう、帝国の国制上ロシア帝国と確定的に結合される。ロシア皇帝は、別個の施政の下におかれるワルシャワ公国に、自らが適切であると判断する内政を拡張する権利を留保する。ロシア皇帝は、その他の称号とともに、その他の属領について付された称号として慣用され、かつ、認められてきた儀礼に従って、ツアー、ポーランド国王の称号を用いる。

 ロシア、オーストリア、プロシアのそれぞれの臣民であるポーランド人は、代表権、および、それぞれの属する政府が彼らに対して認めることが有益かつ適当であると考える政治的存在の形態に従って規定される国民的制度を獲得する。

第2条〜第14条(略)

第15条〔ザクセン王国の統合と境界線の画定〕ザクセン王は、王自身、ならびにそのすべての子孫および継承者に代わって、以下に規定するザクセン王国の州、地区、領域または領域の一部に対するすべての権利と権原を、プロシア王のために永久に放棄する。プロシア王は、これらの領域についてすべての主権と所有権を取得し、その王国に統一する。このように割譲された地区と領域は、以後プロシアとザクセンの2つの領域の境界となる線によってザクセン王国の他の領域から分離される。これによって、この境界のザクセン側に含まれる領域のすべてがザクセン王に返還されるが、ザクセン王は、その境界線を越えた地区と領域で、かつ、戦争前に同国に帰属していた地区と領域を放棄する。

 この境界線は、ザイデンベルク近郊のヴィーゼの近くのボヘミア境界地域から発し、ルッソー・ヴィティッヒ川の流れに沿ってナイセ川に合流する地点に至る。

   (中略)

第16条〜第64条(略)

第65条〔旧ネーデルランド州同盟と元ベルギー諸州の継承〕旧ネーデルランド州同盟および元ベルギー諸州は、次条にそれぞれ定める境界に従い、同条が指定する邦および領域も合わせて、当該州同盟の基本文書の継承規定により定められた統治権継承者である州総督オレンジ・ナッソー王の主権の下に、ネーデルランド王国を構成する。この称号および国王の大権は、オレンジ・ナッソー家のすべての支配者により承認される。

第66条〜第73条(略)

第74条〔スイスの制度〕1813年12月29日の条約の際に政治団体として存在した19のカントン(州)の保全は、スイスの体制の基礎として承認される。

第75条〜第83条(略)

第84条〔スイス議会宛の宣言〕パリ条約に署名した国が3月20日にスイス連邦議会に対して行った宣言で、5月27日に同議会が加入という形で受諾したものは、そのすべての内容が確認され、そこで確立された原則およびこの宣言において決定された取極は、変わることなく維持される。

第85条〜第107条(略)

第108条〔可航河川の協定〕同一の航行可能な河川が国境となりまたは貫流している国は、当該河川の航行に関係するすべての事項について、共通の協定により取り決めることを約束する。諸国は、この目的のために委員を任命する。これらの委員は、遅くとも、本会議の6箇月後には会合を開催し、その作業の基礎として、次条以下に規定する原則を採用する。

第109条〔可航河川航行の自由〕前条に定めるすべての河川の航行は、それぞれの河川が航行可能となる地点から河口まで、完全に自由とされ、通商においていかなる者に対しても禁止されない。航行に関する警察規則は、当然に遵守される。これらの規則は、すべての者に対して一律に作成され、すべての国民の通商に関して可能な限り有利なものとされる。

第110条〜第121条(略)