データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 一方ソヴィエト聯邦及聯合王國ノ政府ト他方フィンランド國政府トノ間ノ休戰ニ關スル協定(一方ソビエト連邦及び連合王国の政府と他方フィンランド国政府との間の休戦に関する協定,第二次ソ連・フィンランド戦争(継続戦争)休戦協定)

[場所] 
[年月日] 1944年9月19日
[出典] 現代国際政治の基本文書,一般財団法人鹿島平和研究所編,原書房,429-432頁
[備考] 署名:1944年9月19日
[全文] 

「フィンランド」國政府ガ對獨斷交及「フィンランド」國ヨリノ「ドイツ」國軍隊ノ撤退ニ關スル「ソヴィエト」聯邦政府ノ豫備的條件ヲ受諾シタルニ鑑ミ且來ルベキ平和條約ノ締結ガ其ノ若干條件ヲ本休戰協定中ニ包含セシムルコトニ依リ容易ト爲ルベキヲ考慮シ「フィンランド」國ト戰爭狀態ニ在ル聯合國ノ名ニ於テ行動スル「ソヴィエト」聯邦及聯合王國ノ政府ト「フィンランド」國トノ間ニ本休戰協定ヲ締結スルコトニ決定セリ而シテ右協定ノ實施ハ同樣ニ「フィンランド」國ト戰爭狀態ニ在ル聯合國ノ名ニ於テ行動スル「ソヴィエト」聯邦ノ最髙軍司令部(以下聯合國(「ソヴィエト」)最髙軍司令部ト稱ス)ノ監督ノ下ニ行ハル

 右ニ基キ聯合國(「ソヴィエト」)最髙軍司令部代表「ジュダーノフ」竝ニ「フィンランド」國政府代表「エンケル」、國防相「ワルデン」、參謀總長「ハインリッヒ」及「エンケル」中將ハ正當ノ委任ヲ受ケ左ノ諸條件ニ調印セリ

 一、千九百四十四年九月四日「フィンランド」國側及同年九月五日「ソヴィエト」聯邦側ノ軍事行動停止ニ關聯シ「フィンランド」國ハ本協定附屬書ノ規定スル手續ニ基キ千九百四十年ノ「ソヴィエト」聯邦「フィンランド」國間國境線迄自國軍隊ヲ撤退スルコトヲ約ス(第一條附屬條項參照)

 二、「フィンランド」國ハ千九百四十四年九月五日以降「フィンランド」國ニ殘存セル「ドイツ」國陸海空軍ノ武裝解除ヲ行ヒ其ノ兵員ヲ捕虜トシテ聯合國(「ソヴィエト」)最髙軍司令部ニ引渡スベク其ノ際ニ於テハ「ソヴィエト」聯邦政府ハ「フィンランド」國軍隊ニ對シ援助ヲ輿フベシ

 「フィンランド」國政府ハ同樣ニ自國内ニ在ル「ドイツ」國及「ハンガリー」國ノ兩國民ヲ抑留スベキモノトス

 三、「フィンランド」國ハ聯合國(「ソヴィエト」)最髙軍司令部ノ要求ニ基キ「フィンランド」國ノ南部及西南部沿岸ノ飛行場ヲ一切ノ施設ト共ニ「ソヴィエト」聯邦空軍基地トシテ「エストアニア」國ニ於ケル「ドイツ」國軍隊及北部「バルティック」海ノ「ドイツ」國海軍ニ對スル航空作戰ニ必要ナル期間提供スルモノトス

 四、「フィンランド」國ハ本協定署名ノ日ヨリ二月半以内ニ同國軍隊ヲ平時狀態ニ移行セシムベシ

 五、「ドイツ」國トノ一切ノ關係ヲ斷絶セル「フィンランド」國ハ同時ニ「ドイツ」國輿國トノ一切ノ關係ヲ斷絶スベシ

 六、千九百四十年三月十二日「モスコー」ニ於テ締結セラレタル平和條約ノ效力ハ本協定ニ基ク變更ヲ加ヘテ緩和セラルベシ

 七、「フィンランド」國ハ千九百二十年十月十四日及千九百四十年三月十二日ノ平和條約ニ基キ「ソヴィエト」聯邦ガ自發的ニ「フィンランド」國ニ譲渡セル「ペツァモ」(「ペチェンガ」)地方ヲ本協定附屬書ニ記載セラレタル地圖ニ示サレタル境界線ニ從ヒ「ソヴィエト」聯邦ニ返還ス(第七條附屬條項及十萬分一地圖參照)

 八、「ソヴィエト」聯邦ハ千九百四十年三月十二日ノ「ソヴィエト」聯邦「フィンランド」國間平和條約ニ依リ輿ヘラレタル「ハンケ」半島租借權ヲ放棄シ他方「フィンランド」國ハ「ソヴィエト」聯邦海軍基地の建設ノ爲「ボルツカラ、ウド」地區ニ於ケル地域及水域ノ租借權ヲ「ソヴィエト」聯邦ニ付輿ス

 「ボルツカラ、ウド」基地ノ地域及水域ノ境界線ハ本條附屬條項及地圖ヲ以テ決定セラルベシ(第八條附屬條項及十萬分一地圖參照)

 九、〜十、(略)

 十一、「フィンランド」國ハ其ノ軍事行動及「ソヴィエト」聯邦領域の占領ニ依リ「ソヴィエト」聯邦ニ輿ヘタル損害ニ付三億「ドル」ノ金額ヲ六年間ニ商品(木材、紙、「セルロイド」)、海洋用及河川用船舶竝ニ各種ノ機械設備ヲ以テ償却ス「フィンランド」國ガ戰爭中ニ同國内ニ在ル他ノ聯合國及其ノ國民ノ財産ニ輿ヘタル損害ニ對スル賠償ニ付テモ亦追テ規定セラルベク而シテ賠償額ハ別途ニ決定セラルベシ

 十二、〜二十三、(略)